第13話
その日の午後の稽古まで、紗季乃は榊と目を合わせることができなかった。濡れ場を見られたような気まずさと、慌てて来てくれた彼へ過剰に期待してはいけないという不安が、紗季乃の視線を彼から逸らさせる。唯一の救いは、事情を知らないセリがカメラの機材を抱え、瞳を輝かせて稽古場に現れたことだった。
昨日はあんなに紗季乃を悩ませたセリが、今は榊と自分のクッションになって、二人のぎこちなさを緩和してくれている。
紗季乃はほっとして、舞に集中した。
榊もあれから、自分のとった行動を考えてみることで、一つの気持ちに気付かされていた。
窓からこぼれる、紗季乃の消し忘れた部屋の電気が気になって訪れた部屋。そこで見つけたメモ書きに、慌てて外へ出た。送迎車は三台とも車庫にあり、運転手はとうに帰宅している。だから、彼女がたまに利用するタクシー会社に連絡して、緊急だからと降ろした場所を聞き出した。ホテルの名前でピンと来たのは、最初から京矢の存在を意識していたからだ。親しいとは知っていたが、まさか泊まるような関係だとは思っていなかった。恋心はない、と紗季乃から聞いていたから。
後は必死だった。焦燥を抱えて部屋を訪れ、京矢と話しているうちに、我を失っていた自分を恥じた。それでも、引きたくなかった。
これは嫉妬だ。
紗季乃が頼る彼への。
紗季乃を抱いた彼への。
「紗季乃さん、もう一度」
耳に馴染んだ声が、紗季乃の舞を静かに否定する。…その声に動きを止めた紗季乃は、しかし再び顔を上げ、真摯に自分の舞と向き合う。
その美を、榊は何よりも尊いと思った。
「…紗季乃ちゃん、綺麗ね」
カメラを構えたまま、榊の横でセリが囁く。
「あなたが、私に写して欲しい人がいるって頭を下げてきた時には正直驚いたけど。でも今日は感謝してるわ。彼女を撮影できて、光栄だもの」
カシャカシャと、シャッター音が響く。だがその絶え間ない音も、集中した紗季乃の耳には入ってこないのだった。
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