第11話

「それにしても、ボス、今回は勤勉だねぇ。いつもならボクらに仕事回すのに」


 ヤトの声を聞きながら、大都は腕をゆっくりと伸ばして地面に足をつけた。放ってあったタオルで首のあたりを押さえるが、汗一つかいていない。どうやらそれは、腱を押さえる為だったようで、タオルで圧迫した肩はそのままに、首をゆっくりと左右に振った。


「どうも、コンディションいまいちだな」


 これは、独り言。


「今回はターゲットの向こうに、さらにターゲット、だろ。しかもボスはご執心だ」


「…ああ!そっか」


 得心がいったように頷くヤト。だがまだ床に転がっている。


「お前、みんなが土足で歩く場所で汚いぞ」


 大都が近寄り、左手を差し出した。こんな時でも利き手を空ける、プロフェッショナルな男。金髪の根元は少し黒さが残る。眼は細くつり上がり、眼球は黒。顎から肩にかけてのラインは長く美しいが、喉仏がはっきりと形どっているから細身でも男らしさが目立つ。そこには小さなタトゥー。


 隠せない場所にあえて彫ったのは、大都の決意。

 

 皮膚のやわらかな、そして喉という人間の身体の弱点にそれを印付けるのは、自分への矜持。ここは、誰にも触らせない。…だから心臓の上にも、もう一つ彫った。


「汚いっていうけどさ」


 ヤトはその手をとって、ひょいと上体を起こす。


「埃や泥は、洗えば落ちるって」


 そこからさらに大都の腕を支えに立ち上がる。


「もっと汚いものって、いっぱいあるじゃない?」


 その言葉に、大都は片目だけを起用に細めた。


「卑下しているのか」


「まさか。単なるものの例え」


 ヤトは明るく笑う。そして腕を離して礼を言い、再び時計に視線を向けた。


「ボスは、綺麗なものを、拾ってくるのかな」


 時刻は午前一時。だがこの部屋には、月も宵闇も届かないのだった。

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