第4話

後ろ手にドアを閉め、奥のテラスにいる小澤を確認する。


 携帯で話すのは、仕事の内容か。耳を澄ませば、それが英語だと分かった。


 コトリ


 わざと音をたてて、水差しの置かれたテーブルに大きなダイヤのチョーカーを置く。イヤリング、ブレス。宝石店から頼まれて身につけたそれらは、住宅も購入できるほどの高価な装飾品。


 その全てを柔らかな仕草で外した彼女は、両脇を上げて、項に手を回した。


 流石にこちらを見る小澤だが、尚も携帯を離さない。会話も淀みなく続いている。


 真菜はそんな彼と目を合わせたまま、首の後ろに位置するホックを外した。


 

 パサリ、とドレスは床に落ちる。



 下着は何も、身につけていない。



 挑むように顎を引き、自分の人差し指を舐めた。それから、その指を乳房に。



 呆れたように笑うのは、小澤。


 だがその笑みもまた、豹のような艶が色濃く滲んでいる。



「使い捨てだ。それでもよければ、──ここに来い」



 自信はあった。きっと自分を、手放せなくなる。


 脳裏に泣いてすがりついてきたこれまでのパトロンたちの姿が浮かんだ。


 私は、最高の女だ。


 そう言い聞かせ、一歩づつ彼に近づく。


 ともすれば崩れそうになる膝に、まさか、と驚きが沸いた。


 この自分が、何かに緊張するなんて。


 何かを恐れるなんて。



 だが、目の前の最高級の男から目を離すことができない。立ち止まれば絶対に、彼は手に入らないのだ。



 女優はその夜、気が狂うほどの快感と、胸が焦げるほどの後悔を同時に味わうのだった。

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