第36話

曲が変わった。


 しっとりと歌われるのはアメイジンググレイス。





 私のような者までも、

 

 貴方は救ってくれる。


 さまよい、道を踏み外す私を ──





 無意識に胸元の蝶に触れようとした私の手を、繋いでいないもう片方の手で制した小澤さんは、その指先を自分の唇に運んで、宝物のようにゆっくりと口づけてくれる。


 きっと。


 感じるものはたくさんあるだろう。


 私は沢山のことを、この蝶に抱えている。


 なのに彼はこうして、広い心で受け入れてくれるだけでなく、それ以上に与えてくれるのだ。


「達樹」


 私の左手の甲。


 その薬指に唇で触れたまま、小澤さんが私の名前を呼んだ。


「達樹、たくさんキスをしよう」


 荘厳に、でも甘く響く、少女たちの歌声の中、


「それが、当たり前になって、飽きるほど」





 

 私を救い、導くのは、他でもない、神の恵み。





 歌が溶ける。優しい空気になって、私を包む。



「そうして、お前が俺の横にいることを疑問に思わなくなって、日常の忙しさにキスをする事など忘れてしまって── 」


 小澤さんが、顔を寄せる。


「反対に、俺の方が、お前が側にいてくれることに感謝して…年老いたお前に口付けるんだ」


 それまでは毎年、クリスマスになったら、呆れるほどの買い物と、枝葉が隠れて見えなくなるほどの飾りを ── 、


 その言葉の続きは、キスに消えてしまって。




ねぇ、小澤さん。





貴方のくれる愛は、深すぎて、大きすぎて、胸が苦しくなるの。


その痛みは、私の肌で羽を休める蝶たちのことを忘れさせてくれる。



貴方は、私の救いだって、知ってますか?

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