第88話

自転車を返却してから、会場へ歩き出す。

が、人が凄くて思うように進めない。

じれったさに、舌打ちをしたくなる。


『今、三越を出たところだよ』


そんなメッセが届いたものの、アーケードの方から出たのか、大きな通りの方から出たのか解らない。

どっちから出たのかとメッセを送ってみたが、残念ながら既読は付かない。


彼女はまだこの周辺の事を、そこまで理解しているとは思えない。

何処に何があるかも、解っちゃいないだろう。


電話をかけてみたが、やっぱり出なくて。

会場に向かう事に集中しているのか、人が凄くてスマホを取り出す事が出来ないのか、そもそもスマホの存在を忘れているのか。

どれも当てはまるから、何とも言えない。


とりあえず、どうすりゃあいい。

私も会場の近くまで来たけど、この人混みの中で彼女を探すのは至難の業だ。

似たような雰囲気の人なんて、いくらでもいるし。


ちゃんと待ち合わせを決めておかなかった事を、今更ながら悔やむ。

が、嘆いたとて、この状況が変わる訳でもない。


まずは人が多く集まりやすいところを、目指してみよう。

歩きながら聞こえる大きな声や、強烈な香水の匂い。

何より、人の多さに悪態の1つでもつきたくなる。


みんな、何にそんなに浮かれてんだか。

自分が淡白すぎるのか?

雰囲気に合わせるつもりもないし、便乗したい訳でもない。

むしろ、ついてなんかいけないし、ついていく気もないけど。


寄り添いながら、自分達の世界に酔いしれているカップル。

写真を撮って、はしゃぐ若者達。

皆、笑顔で楽しそうで。


しらけた顔をしながら、歩く私の方が異端で異物だろう。

この場所に、この雰囲気に自分は似合わない。



そんなに嫌なら、最初から断れば良かっただけだろ



心の中の自分が、そう吐き捨てる。

そう、最初から断りゃあ良かったんだ。

予定なんか入れなければ、今頃ビールにも晩飯にもありつけてた筈なのに。



じゃあ、何でそうしなかった?



ほんとだよ、何でそうしなかったんだよ。

そうすりゃあ良かったじゃないか。


端っこで、ふと足を止めた。

いろんな気持ちがぐるぐる回って煩わしい。

一思いに払い除ける事が出来たらいいのに。

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