第48話

「それなら…良かった」


そう言うと、森本さんは大きく息を吐いた。

安心したのか、気が抜けたかのどちらかだと思う。


「心配かけて、ごめんなさい…」


迷ったけど。

怒られるかと思ったけど。


恐る恐る森本さんの肩に、

自分の頭を預けてみる。


待ってみたけど、突き放される事はなかったし、怒られる事もなかった。


「流石に今回は、寿命が縮んだわ」


「うん…」


大きな罪悪感が、あたしを包み込む。

今回はこの程度で済んだ。

もしも済まなかったら?

万が一の事だって、いくらでもあった訳で。


もしも彼が包丁を持っていて、切りつけようとしてきたら?

森本さんが来る前に、首を絞めて殺されてたら?

知らない間に睡眠薬を飲まされて、レイプされてたら?

レイプされてるところを撮られて、それをネタに強請ってきて、関係を強要されてたら?


あらゆるifが、一瞬で浮かび上がる。

寒気がして、怖くなって、両腕を交差して体を掴む。

無事に解決出来た事、無事に帰ってこれた事が、どんなに良かった事かと思うと、涙が溢れてきた。


今になって、事の重大さに気付く。

恐怖が後から後からやってきて、体が震えだす。


なんて事をしてしまったんだろう

いくらでもやめる機会なんてあったのに

お金の為に、パパ活に手を出すなんて

身近な人まで巻き込んでしまって


涙が止まらない

震えが止まらない


怖い

怖い

怖い


押し寄せて来る恐怖があたしを包んで離さない


ごめんなさいで済ませていい話じゃない

あたしは何処まで能天気なんだ


怒りもこみ上げてきて

いよいよ気持ちがごちゃ混ぜになる


預けていた頭を起こし、両手で自身の顔を覆う。

ぐちゃぐちゃなあたしは、子供のように大きな声で泣く事しか出来なくて。


「ごめんなさい。

 ごめんなさい…。

 迷惑ばかり掛けて、本当に、ごめ…なさい…」


謝って済む話じゃない

あたしは、森本さんに迷惑を掛けるだけの存在だ


「あたし…ここ、いたら、迷惑だから…出て、行きます…」


涙や鼻水が邪魔をして、上手く言葉を発する事が出来ない。

呼吸もままならず、息が出来なくて苦しい。


頭の中は罪悪感と謝罪の言葉、自身に向ける刃のような言葉でいっぱいだ。

どうにもこうにも、上手く処理を出来そうにもない。


気付いたら立ち上がったあたしは、その場を去ろうとしていた。

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