第47話

森本さんは、あたしの左側に来たと思えば、そのままあたしの隣に座った。

そして、いきなりあたしの右肩に手を置くと、自身の方へと引き寄せた。


いきなりな出来事だかったから

頭は当然ついていかない。


森本さんから、ほのかに煙草の香りがした。

いつも吸っている、煙草の香り。

それが何だか心地よい。


いやいやいや、これはどういう状況なの?

どうして森本さんは、あたしを抱き寄せたの?

呑み込めない状況に、どうしたらいいのか解らずにいるあたし。


森本さんは抱き寄せたまま、何も言わずにいるから、気になって顔を見てみる。

覗き込んだら、変な風に思われるかもしれない。


あたしの視線に気付いた森本さんと、目が合うもパッと外される。

雰囲気は…怒っている感じではない…と思う。

今、森本さんは何を考えているんだろう。



「聞きづらい事、聞いてもいい?」



不意に沈黙が破られる。

森本さんの声に、肩がピクッと反応する。



「な、何?」



驚いた事もあって、ちょっとだけ声が上ずってしまった。

返答をしたものの、なかなか声を発しない森本さんを黙って見守る。


大した時間ではないのに、凄く長く感じた。

あたしの鼓動が部屋に響きそうなくらいの沈黙が、再び訪れる。

森本さんは何かを考えているような、けれどそれでいて、何処か悲しそうな顔をしている。



「…さっきの事だけど」



さっきの事。

さっきの出来事と察する。



「その…挿れられたのか?」



苦い苦い虫を噛んだような顔で、けれど、あたしを見ずに呟いた森本さんを、そっと見ていた。

目蓋を閉じて、少し大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせてから。



「大丈夫、挿れられてないよ」



自分でも驚くくらい、冷静な声が出た。

それを聞いた森本さんは、暫くぶりにあたしと視線を合わせた。



「その言葉に、嘘はない?

 心配させない為の嘘なら、わざわざそんな事を言わなくていい」



森本さんの言葉に、あたしは頭を左右に振る。



「嘘は言ってないよ。

 心配させない為の嘘もついてない。

 服は脱がされたけど、それ以上の事はされてないよ」



言った通りだ。

ある程度の抵抗はした。

無力な抵抗にならなくて良かったと、今になって思う。

そして、森本さんが来てくれたから、あたしは助かる事が出来た。


心身に傷を付ける結果にならなくて、本当に良かった。

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