第56話

ぐんぐんとスピードを上げていくバイク。


「澪っ、しっかり掴まってないと落ちるからなっ」


楽しそうに言う美咲の顔は、子供のように無邪気だった。

学校では見せない、あどけない表情。


今、この瞬間だけは、自分が独占出来ている。

またしても贅沢だ。

学校の人達には、口が裂けても言えない。


ありさは途中で曲がってしまい、見えなくなってしまった。

どのルートで行くのかは想像はつくが、万が一読みが違えば負けは確定だ。

どんな事であれ、負けるのは面白くはない。


「澪っ、曲がる時は同じ方向に体を向けてっ」


右カーブを綺麗に曲がる。

澪の家まであと僅か。

なんとしてでも勝たなくては。


この道を少し進み、あの角を右に曲がれば澪の家だ。

遠くの方からありさのバイクの音が聞こえてきた。

奴も近くにいるはずだ。


間に合うか。

向こう側からありさが追い上げてくる。

ぐっとアクセルを入れる美咲。

こちらも負けじと追い上げる。

あと少し、あと少し。


「いよっしゃ~っ、勝ちぃ~っ」


メットを付けたままの美咲と澪がガッツポーズをきめる。


「なん…だと。

 このあたしが負けるだなんて…」


がっくりとうな垂れるありさを横目に、ヘルメットを取った美咲は澪を下ろした。


「敗因は最後にスピードを上げるのを怖がった事だ。

 確かにあの距離でスピード上げるのは怖い。

 だが、それさえも恐れぬのがバイカーだ」


「くっ…。

 いつかきっと超えてみせる」


2人がやり取りをしていると、バイクの音を聞きつけたであろう澪の母親が家から出てきた。


「あ、やっぱり美咲君だ」


嬉しそうにこちらにやってくる。


「あ、どうも、こんばんわです」


美咲に続いてありさも頭を下げる。


「あら、あなたはありさちゃんよね。

 前に学校で会った事が会ったわよね」


「はい、お久し振りです。

 すみません、夜分遅くに騒がしくしちゃって」


「私は別に気にしてないから大丈夫よ。

 澪はまた美咲君に送ってもらったの?

 今度は私を乗せてね」


「あ、はい、喜んで」


「なんでお母さんが乗るのさ…」


「私も風になりたい」


「なしてよ…」

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