第85話
制服の裾で頬に散る涙を拭おうとした私の前に差し出されたのはハンカチだった。
受け取る前に濡れた頬に柔らかく押し当てられたそれ。
状況を把握するよりも先に、夢月の腕に閉じ込められた。
「嫌いになんてならないよ。なるはずがない。だから、泣かないで真白、怖がらせちゃってごめん。もう泣かないで、真白に泣かれると胸が痛い。」
くしゃりと歪められた顔ですら綺麗だ。
私の頬をハンカチで拭いながら、「泣かないで」と何度も囁く夢月。
優しい人。
悪いのは私なのに、まるで自分の方が悪い事を働いたような顔をしている。
「泣かせたかったわけじゃないんだ。ただ、真白が鬼帝や虎雅の人間と関わるのが不安だったんだ。」
私は単純だ。
「真白は生徒会だけに笑っていて欲しいっていうただの俺のエゴなんだ。」
この言葉一つで、胸が弾む。
焼もちとも取れるそれが嬉しくて、涙もあっという間に止まってしまう。
「だから泣かないで。悪いのは俺なんだ。」
「もう泣き止んだよ。」
「うん、真白は笑っている方が可愛いよ。」
どんな少女漫画に出てくるイケメンも夢月には勝てやしない。
だって見て、こうして女の子が喜ぶような台詞をさらりと言ってしまうんだもん。
はぁ…好き。
つくづく思う。この王子様が私は大好きだ。
「あはは、本当に不器用だね。」
「煩いよ鈴。」
「だって事実じゃない。」
肩を竦める鈴に対し、夢月は射すような視線を送っている。
二人の会話の内容がうまく掴めない。
「よしよし真白、怖かったよな。」
そっちの方が怖がってたんじゃん。膝ガクガクじゃんかよ。
私よりも遥に怯え切っているのに、必死に慰めてくれる蘭の優しさが心に染みる。
「夢月、私……。」
「真白が悪くないのは知ってるよ。大丈夫、もう怒ってないから。」
「本当?」
「うん、それに少し静かにさせないとなとは思ってたから。」
「…え?」
「何でもないよ、気にしないで。」
目の前に浮かぶのは綺麗な笑顔。
私の好きな王子様の笑顔。
「それじゃあ聖架が作ったクッキー、皆で食べようか。」
「ああ、今持って行く。」
何も変わらない。昔からずっと憧れている王子様。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます