第16章 何もできなくなるその前に

第1話 星利の心ザクラ知らず

第52話

星利side

「ザクラ、これも運んで」

「はいはい」

ようやく活気を取り戻したリビングでは、春風が目の前でバタバタと動き回る。

蘭の死後塞ぎこんでいた春風は、改めて『世界を救う』と宣言した。

長い綺麗な黒髪を切り離すのと同時に。

胸上ぐらいまであった髪は、首が露わになるくらい短くなった。

『動きづらいから短くした』と聞いた時は、春風らしいと思っていたが。

---首、無防備すぎるだろ。

太陽の光以上に、あいつの白い首が眩しい。

今までポニーテ-ルをして首が露わになっていたが、それとこれは別な気がする。

ましてや、『片想い相手』のである。

恋人なら、多少いやらしい目で見ても構わないと思うのだが、こいつは『仲間』だ。

俺が一方的に想っているだけで、春風はそう想ってはいないかもしれないのだ。

「はぁ・・・」

相変わらずパタパタと動く春風を見て、俺はため息を漏らした。

「なになに?ため息なんかついちゃって」

「げ」

姉貴が寄ってきた。

---ちっ、めんどくせえ奴に見られた。

「ちょっと、『げ』ってなによ」

ぶう、と言わんばかりに姉貴は口を尖らせる。

「その口やめろ。可愛くねえぞ」

俺はそう言って、麦茶を飲む。

「はいはい、どうせ可愛くないですよ。

ザクラちゃんがやったら可愛いかもしれないけどね」

「ぶはっ!」

飲んでいた麦茶を噴き出す。

「やだ、図星?」

面白そうに姉貴が笑う。

「そうじゃねえっつうの!」

---ったく、こいつはエスパ-かっつうの。

「ちょっと、大丈夫?」

騒ぎを聞きつけたらしい春風がやってきた。

---ちょっとちょっと、来るタイミング良すぎだろ。

「これ使ってよ」

ザクラは台所から持ってきたらしい布巾を手渡した。

「あ、ありがとう」

「もう、何の話をしていたんですか。辺りビショビショじゃないですか」

春風は床にしゃがみ、床を拭き始める。

「あ、春風、俺がやるからいいのに・・・」

「ひとりでやるより、ふたりでやった方がいいでしょ?」

「そ、そりゃそうだけど・・・」

床を拭く春風の短い髪が揺れる。

それを見て、俺は春風に聞こえないように再びため息をついた。

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