第6話

 本当だったらそのまま駐屯所に戻る予定だったベティだが、「まあまあ、お茶だけでも」と勧められるがまま、デニスとクラリッサの家に招待された。

 ふたりの家はシンプルで、台所にも居間にも、とにかく物が置いてなかった。それでもカップは三客ほど取ってきて、それでお茶を淹れてくれた。

 ふわりと漂うのはフィールディング特産のはちみつのもの。おそらくははちみつを淹れたお茶なのだろう。


「まあ、先程は失礼しました。女性の騎士さんには初めて会ったんです」


 お茶を淹れてくれたクラリッサは心底楽しげに言いながら、お茶を出してくれた。お茶を飲んでみたが、ベティからはよくわからない味に思えた。テレンスの家でもよくわからないハーブティーを出されたことがあるが、あれはまだ調合がわからないだけでハーブティーとだけは理解できた。これは本当によくわからない。

 しかし出されたものを「まずい」と言う訳にもいかず、ただベティは「ありがとうございます」とだけ言ってから、ふたりを見た。


「いえ。私のほうこそ、お茶をごちそうくださりありがとうございます。ふたりで畑を切り盛りしてらっしゃるんですか?」

「はい。正確には宛がわれた畑はちょっとだけで、ほとんど蜂の世話ですね。はちみつにも種類がありますから、あんまり変な花の蜜ばかり吸わせてたらまずくなっちゃうんです。今はレンゲの季節ですから、レンゲだけのはちみつもあれば、クローバーの季節にクローバーのものとか。ちゃんといろいろ混ぜてつくった百花蜜なんかは高級品で。高値で王都に売れますからありがたいですねえ」

「そうなんですか……しかし、デニスさんは普段は自警団にいらっしゃるでしょう? その間はひとりで?」

「そうですねえ……でも蜂の世話だけだったらそこまで苦ではありませんから。刺されないように気を付けてさえいれば大丈夫です」

「そうなんですか……」


 もうひと口だけ謎のお茶を飲む。やっぱり甘ったるくて喉に引っかかる感があるが、それ以外のお茶の部分が薄過ぎて、ぼけ過ぎて味がわからない。

 そこで思ったことを口にしてみる。


「でもこの村の方々はお年寄りはいらっしゃいませんでしたが。若い方ばかりなんですね?」

「お恥ずかしながら……」


 そこはクラリッサではなくデニスが困ったようにお茶を飲みながら話に割り込んできた。


「先程も言いましたでしょう? 強固な呪いのせいで、俺たちは村から出られませんし、世代交代も早いんです。年寄りはすぐに死んでしまうんですよね」

「そうだったんですか」

「はい。だから早く子作りしたいんですけど、なかなかいい相手がいらっしゃらなくって。もしベティさんが兄さんの恋人になってくだされば、ありがたいんですけどね」


 そうクラリッサが悪気もなく言い出すので、ベティは飲んでいたお茶を気管に詰めてむせた。


「ゲホッゲホッゲホッ」

「ああ、すみません! クラリッサ! ベティさんが困ってるだろう!?」

「ああ、ごめんなさい! すぐに拭きますね!」


 慌ててクラリッサは水差しの水を出し、タオルを出してくれた。ベティはそれをありがたく受け取って、口元を拭った。


「……まだ出会ったばかりで、子作りもなにも……」

「ああ、そうですよね。ごめんなさーい」

「クラリッサ! ……すみません、ベティさん。妹も悪気がなかったんです」

「いえ……」


 ベティはそう告げながら、ふたりを見た。

 本当によく似た顔立ちの兄妹で、もしクラリッサの明け透けな言動をデニスが言っていたら、ベティも今みたいにむせてお茶を濁すだけで終わったかどうかはわからないし、クラリッサが明け透けな言動をする兄を窘める言動を言っていても、なんの違和感もないように思えた。


(兄妹ってこんなに似ているもんなんだろうか……王都ではあまり兄妹仲がいいところは見たことがないから、その辺りはさっぱりだな)


 そうベティが考えていると、クラリッサは「ああ、そうだわベティさん!」と手を叩いた。


「今度、村のお祭りにいらっしゃいませ!」

「……お祭りですか? しかし私も駐屯所の指示には従わねばなりませんから……」

「こっそりとでいいんですよ、こーっそりと! もうすぐ流星が降り注ぐ季節になりますからね。皆で流星を見ながら蜂蜜酒を飲むお祭りをするんです。そういえばご存じでしたっけ、ベティさんは?」

「なにがでしょうか」


 星祭り自体は、王都でも行われていたが、流星が降るか否かまではあまり考慮されていない。まるで流星が降ることを知っているようなお祭りだとぼんやりとベティが考えたところで、クラリッサは無邪気に告げた。


「蜂蜜酒って、今でこそ王都でよく飲まれるって商人たちが買い取っていきますけどね、元々は新婚夫婦が飲むためのものなんですよ……夜に励むために」

「…………!?」


 ベティは悲鳴にならない悲鳴を上げた。

 普通に駐屯所の歓迎会でも飲んでいたのに、そんなことを言われても困る。たまらずデニスは「だからクラリッサ!?」と顔を火照らせて悲鳴を上げる。


「すみませんすみませんっ、うちの妹、恋愛願望が強過ぎて、少々妄想逞しいと言いますか」

「あら、私はまだ可愛いものだわ。隣の家のなんて……」

「だからやめないかクラリッサ!?」


 まだ爆弾発言を連発させようとするクラリッサを必死で羽交い締めして止めるデニスに、やっとのことベティは肩を竦ませて笑う余裕が生まれてきた。

 そのまま笑っているときだった。

 コンコンッと扉が叩かれる。


「はい」


 デニスの問いに「こんにちはー、魔法使いです」と声がかけられた。

 扉が開いた先にはテレンスがいた。


「いやあ、すみません。今日は騎士様にお話しがありましたので。ベティさん、そろそろ打ち合わせがありますから、参りましょう」

「打ち合わせ? だが」

「参りましょう」


 テレンスはにこやかに笑った。

 一瞬室内の温度が下がったような気がするが、気のせいということにした。ベティは「お茶ごちそうさまでした」とだけ言って、帰る準備をはじめる。

 デニスは少し名残惜しそうに「それでは、また見回りのときに」と言うので、ベティも会釈する。


「それでは」


 こうしてデニスの家を立ち去ることになったが。

 駐屯所付近まで、テレンスは歩いて行く。その中でベティが尋ねた。


「テレンス、あなたと打ち合わせする約束をした覚えは……」

「……あのですねえ。あなた、団長に言われて僕のところに来たとき、村人とかかわるなってちゃんと警告したでしょうが」

「……それはすみません。かかわるつもりはなかったんですが、見つかったときにいきなり相手を無視する訳にも。小さな村でしたら悪評が出回ったら過ごせません」

「それはそうですが……お茶に誘われたようじゃないですか」


 そうグサリと突き刺さされる。グーの音も出ない。


「それは私も悪かったと思っていますが……お茶しか飲んでません」

「なんのお茶ですか?」

「わかりません。はちみつの味しかしなかったんで」

「ああ、もう。ちょっと待ってください」


 テレンスはベティの前髪にいきなり触れるとそれを梳き、自身の額を重ねた。それにはベティも面食らう。


「な、なにを……」

「黙って」


 テレンスに言われるがまま、黙って額を押し当てられていたら、テレンスは溜息をついた。


「……ただのうっすい薬草茶ですね。ここの村民は基本的に薬草の調合ができませんから、見様見真似でやって味がなかったってところでしょう」

「薬草の調合ができないって……教えてあげないんですか?」

「あまり意味がないんですよね。教えることに」


 そうテレンスが悪態をつく。

 どうにも彼には秘密が多い。


「あの、あそこの兄妹に流星祭りに誘われましたが」

「絶対に行かないでくださいね。あなたのことですから、気を遣って顔見せくらいしようとするでしょうが。罠ですから」

「……本当に、この村はなんなんだ?」


 ベティのつぶやきに、テレンスは半眼で彼女の顔を見る。ベティからしてみれば、教えて欲しいことになにひとつ答えてもらえないまま、疑問ばかりが募っていく。

 この村に赴任してきたばかりで、中途半端な疑問ばかり蓄積していっても困る。


「なにも知るななにも記すなというのが任務内容ですが、だったらどうして私はこの村に一年いないといけないのか、さっぱりとわかりません。これはいったいどういった任務なんですか? あなたはこの村にいて長いんでしょう。本当になにも知らないのですか?」


 そう愚痴を言って、ベティは「しまった」と思った。

 どうも心が揺らぐ相手との交流を止められ、相当彼女自身も頭にきていたらしい。普段だったら、疑問は思っても命令には忠実で、口がここまで滑らかになることはない。


「……すみません」

「いえいえ。不満に思って当然でしょう。ただ……言えない事情もあるんですよ」


 すみませんね。

 あまりにも飄々とした人物から、ベティは初めて謝罪を受けた。


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