第5話

 デニスに紹介される形で、ベティは自警団へと出かけることになった。


「皆! 王都からやってきてくれた新任騎士のベティさんだ!」

「おお、今回の騎士は女性ですか。凜々しいですね」

「よろしくお願いします!」


 皆が皆、笑顔で出迎えてくれる中、ベティは最初はにこやかにしていたものの、だんだん違和感を覚えてきた。


「あのう、デニスさん?」

「はい、なんでしょうか?」

「フィールディングの皆さんは、親戚かなにかなんですか?」


 金髪碧眼は王族の遠縁でなければ滅多にいない。そんなことは王都で暮らしていたら常識として子供だって知っている。

 しかし自警団に行く際、畑作業をする人々、蜂の巣箱の面倒を見に来た人々、洗濯をする人々を見ていて気付いてしまったのだ。

 この村にいる人々は、誰ひとりとして、金髪以外の人がいなかったのだ。年を取ればだんだん髪の色は抜け落ちてくるが、それだけだ。

 なによりも。ベティが今いる自警団の人々は、加齢や筋肉の付き方に違いこそあれど、皆似通った顔をしていたのだ。外国人であったら、皆同じ顔に見えることがあるが。それにしては並んでみると皆そっくりに見えるのだ。

 ベティは仕事柄、顔と名前を覚えるのは得意だが、ここまでよく似た人々は親戚間の人々を相手取ったときですら見たことがなかった。

 彼女のひと言に、一瞬自警団から沈黙が降りたが、次の瞬間ドッと笑いで自警団の小屋が包まれた。


「アハハハハハハ! ここは誰ひとりとして、血縁関係はないですよ! 遠縁だったら知りませんけどね!」

「え、ええ……? そうなんですか?」

「ええ! 皆同じ村に住んでるだけの、ただの赤の他人です!」

「むしろベティさんにはデニスの家に行ってみて欲しいですよ!」


 意味がわからず、自警団のひとりの話を聞いていたら、ずっと少女小説然とした騎士の立ち振る舞いをしていたデニスがどっと顔を崩す。


「ちょっと、やめろよ……」

「いやねえ、行ってみたらわかると思いますよ! ものすっごく面白いですから!」

「まあ……挨拶くらいならば」


 王都の近衛騎士団からも、駐屯所からも、フィールディングの村人たちと食事自体は止められているが、交流自体は止められていない。

 そもそも歓迎会に、フィールディングのおそろしい話を聞かされているのだから、いくらデニスに対してうっすらとしたものが込み上げているベティであっても弁えてはいる。


(調べてみてもなにもわからないのだし……フィールディングのことを知るいい機会だと思っておこう。どのみち一年間はここにいないといけないんだし)


 そう自分に言い訳して、デニスと一緒に彼の家に訪れることにした。


****


 フィールディングは基本的に養蜂を営んでいる家、畑を営んでいる家で別れており、畑作業を合間を縫って蜂の世話をしているという。


「先日フィールディングのハチミツ料理をいただきましたが、どれもこれもかなりおいしかったです」

「嬉しいですね……この村、ほんっとうに狭いでしょう? 狭い中でこれ以上畑を広げることもできませんから、狭い中でできることを探したら、養蜂に行き着いたんですね」

「なるほど……でも村の方々」

「はい?」


 ベティは村人たちを見ていた。

 老人らしき老人はあまりいないものの、中年のややぽっちゃりとした人々も、まだ幼くあどけない子供も。皆似通った顔に見える。

 ただひとつ、どうしても違和感が拭えなかったのは。

 この村には大人が子供の面倒を見ているのは数人ばかり見られたが、どこもかしこも両親揃っている家がなさそうなのだ。


「新婚がいらっしゃらないんですね? 先日小さな子に会い、家まで送り届けたときにも思いましたが」

「いやあ……恥ずかしい話、そうですね。この辺境の村じゃ、なかなか結婚もままならず。でも皆似た顔をしていて、明らかに遠縁でしょう? ですから村に赴任してきた方々をどうにか口説き落として結婚するしかないんですよね」

「まあ……」


 普通に考えれば納得しかしない話だ。

 かつてはどこかの貴族でもブルーブラッドと呼ばれ、同じ血縁同士で血を濃くすることで尊い血を維持するという考えもあったらしいが。近親同士で結婚を繰り返せば、いずれ生まれてくる子は体が弱くなり、まともに生活できなくなる。だからこの国でも今は近親婚は法律で禁止されているし、フィールディングのような小さな村だって同じような問題を抱えているのだろう。


「結婚相手を探しには出かけないのですか?」


 ベティのなにげない言葉に、ピリッとなにかが弾けた。

 仲間間では若者らしい好青年っぷりを、初対面のベティに対しては王子然とした態度を取っていたデニスが、一瞬目尻を大きく吊り上げたのだ。それは獣が捕食動物に向けるような、獰猛な殺意の色を帯びていた。

 それにベティはたじろぐ。


「あ、ああ……申し訳ありません。聞いてはいけない話でしたか」


 慌ててベティが謝罪をしたら、途端に彼は柔和に笑った。


「ああ、すみません。外からの方ではなかなか伝わりにくい話でしたね。俺たち、この村からは出られないんですよ」

「出られないとは……どういうことで?」

「この村の端に魔法使いさんがいらっしゃるでしょう? 警告されたんですよ。俺たちは村から出たらたちまち呪われる、強固な呪いがかかっているって。以前、ここに赴任してきた騎士様と村娘が恋をしましたが……騎士団では恋愛が法度だとお聞きしました。そのせいで別れさせようとしましたが、ふたりはそれを頑なに拒んで駆け落ちしようとしたんですが……」


 それは歓迎会のときに、かなり言葉を濁しながら教えられた話だった。ベティは黙って続きを促したら、デニスは心底困ったように言葉を紡いだ。


「……ふたりとも死んでいたんです。魔法使いさんは呪いだとおっしゃってました。ふたりとも可哀想に……村から外れた途端に雷に打たれて、それっきり」

「それは……」


 雷に打たれる。不幸な事故ではあるが、この村の魔法使い……おおかたテレンスのことだろう……が呪われているから村人たちに外に出るなと警告され続けていたのなら、村人たちがそれを信じ込んでも仕方があるまい。

 そもそも駐屯所にいる騎士たちは、呪いの話なんて聞いてはいなかった。


「……お悔やみ申し上げます」

「気を遣わせてしまってすみません。ああ、そろそろ着きますよ」


 そこはどの家とも同じ、石を雑然と組み合わせたような家であり、その家の前でワンピースを着た女性が洗濯物を干しているのが目に入った。


「ただいま、クラリッサ……ああ、紹介します。彼女が俺の妹です」

「はあ、こんにちは」


 クラリッサと呼ばれた女性は振り返ると破顔した。


「まあ……兄さん恋人ができたの!?」


 弾ませた声で振り返った女性の顔を見て、どうして自警団の面々がさんざんデニスをからかったのか、よくわかった。

 金髪の長い髪をひとつに束ねようと、女性もののワンピースと男性もののスラックスの差はあれども、デニスをそのまんま女性にした姿をしているのがクラリッサだったのだ。

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