第3話

 顔通しだけ終わったらさっさと駐屯所の寄宿舎に戻ろうと思っていたベティだが、テレンスに「まあお茶だけでも」と誘われて、渋々残ることにした。


(しかし隊長もテレンスさんには会いに行くよう言っていたが、彼は村人カウントしなくっていいんだろうか……)


 わざわざ村人と恋愛するなという通達を受けて、彼女はフィールディングに赴任してきている。テレンスはありなのかなしなのかを考える……そもそもベティも出会って一日目の人間にすぐ情が移るほど、恋に恋する気質でもないが、どうも腑に落ちないことが多過ぎる上に、どうして彼にさっさと会いに行くよう促したのかの意味について考えていた。

 一方テレンスはというと、うきうきした様子でお茶とお茶請けを用意してくる。

 持ってきたのはすっとする匂いのハーブティーに、花の砂糖漬けだった。いい香りのそれはスミレの砂糖漬けだろう。ハーブティーはベティにも正体がわからなかった。


「……わざわざお茶とお茶請けなんて。ありがとうございます」

「いやいや。せっかく来てくれたのだから、歓迎の証でね。どうせ騎士団に戻ったあとは、歓迎で大量に吐くほど飲まされることになるんだから、今のうちにこれ以上酒は飲めないと断る名目はつくっておいたほうがいいと思うし」


 女性に吐くくらいまで酒を勧める騎士は駄目だろうと、ベティは呆れた顔をした。そもそも騎士団の面子から全く女性扱いをされないベティだし、酔い潰れて持ち帰られるようなことにもなった覚えはない。彼女本人は酔った途端に突然触ってきた相手を問答無用で投げ飛ばしてしまうため、初対面で彼女を酔わせたら最後、最後まで起きていられたのはベティだけってことはよくある。


「私は女扱いをされてない。いらない気遣いは結構です」

「そりゃね。君の周りは安全圏だったんだろうけれど。君もずいぶんと用心深いし。ただね、君はまだ村人に会ってないだろう?」

「ええ……自警団には顔合わせをしておいたほうがいいとは思っていますが」


 これも隊長が隊長と一緒に遭うようにと厳命を受けていて、ますます意味がわからないとベティは思っていた。ベティが顔をしかめている中、テレンスは自分もスミレの砂糖漬けを頬張る。スミレの香りが大変によく、ベティも思わず彼を見ながらもうひと口分スミレの砂糖漬けに手を伸ばしていた。


「……ここにいる村人って、軒並み金髪碧眼なんだよ」

「……ええ?」


 思わずベティは声を上げた。

 金髪碧眼は貴族の中でも稀少価値が高い。この国では王族やそれに近しい貴族でなかったら何故かその手の髪色が生まれなかったし、それだけ見栄えがいいとなにかと友好的に使われるため、養子縁組だって劇団員や歌手として芸能の道で成り上がることだって可能のはずだ。


(ここのことが大っぴらにされていないと思ったら、王族の落胤を囲うための村だったのかもしれない)


 王族の落胤は、基本的に跡目争いの元になるため、鼻から継承権を持てないようになっている。だがその美しさを捨て置くこともできないとなったら、村でもつくって丁重に扱うこともあるだろう……どうして平民として生活しているのかは、ベティにも想像できないことだが。

 ひとりでそう考えている中、テレンスはニヤニヤと笑った。


「面白いことを考えているね?」

「べ、別に……ゴシップに興味はありません」

「それ、考えているのはゴシップだって言っているようなものだよ? でもそうだね、その君の妄想を軽く打ち砕いてあげようか」


 そうテレンスはにっこりと笑って告げた。


「どれだけ見目麗しくっても、あれのお手つきになったらたちまち大変なことになるし、僕は徹底的に君の恋路を邪魔しないといけなくなるから、そのつもりで」

「……わからないじゃないですか。そもそも、私と恋をしたいなんて物好き、いる訳ないでしょう?」

「僕ぁ、君のその変に自信のない部分が心配だなあ。そういうところ付け込む悪い奴って、世の中結構いるんだよね。まあいいか。とりあえずこれで君と僕にも縁ができたし、なにかあったら守ってあげよう。ああ、あと」

「……まだなにか?」


 いい加減、テレンスにからかわれ続けるのに腹が立ち、そろそろ考えていたベティに、テレンスは畳みかけるように口を開いた。


「多分王都から言われてるだろうけど、ここの出来事はなにも知らず、なにも気にせず、疑問に思っても口にしてはいけないよ? これだけは絶対だ」

「……それは隊長にも、赴任命令を出してきた上官にも言われました。この村、本当にいったいなんなんですか」

「そのことを疑問に思うこともまた、禁忌だからさ。フィールディングに赴任してくる騎士は皆、気持ちのいい人間が多くってね。その気持ちのよさに付け込まれたところを助け出すことが多いのさ。助けるほうの身にもなってほしいよ」


 そう言われて、今度こそベティは外に出された。

 ハーブティーの苦みが喉にこびり付き、ベティはなんとも言えずに嫌な気分になった。


(訳がわからない……王族の落胤……かどうかはわからないが。金髪碧眼だけが溢れるだけの村の、なにがそんなに駄目だし疑問に思ってもいけないんだ……?)


 とりあえず帰ろうと思って、元来た道を歩きはじめた中。

 こちらになにかが飛んできた。落ちたものを見ると、ちょうどレンゲを編み上げた花輪のようだった。


「ああ、ごめんなさいっ!」


 そう言って走ってきた子を見て、自然とベティは頬が緩んだ。

 金髪と言うにはずいぶんと透明感のある白銀に近い色の髪をふたつに結い上げ、エプロンドレスを着た女の子が走ってきたのだ。


「花輪で遊んでたんですか?」

「ごめんなさい、今日はあたらしいきしさまがおーとからやってくるから、みんなでかんげいしようって、じゅんびしてたんです……お姉ちゃんは?」

「そうですね、私が王都から新しく着た騎士です」

「まあ……! かっこいい女のきしさまははじめて見ました!」


 女の子は頬を赤く染めて、小さな手で口元に手を当ててはにかんだ。その仕草はずいぶんと愛らしい。


(ようやく村人に会えたな……だが)


 女の子は可愛い。しかし同時になぜかベティの胸に不安が付きまとった。

 平民にしては、彼女の肌はやけに白く、日焼けで顔が赤く色付いていない。それだけならばベティの想像通り「王族の落胤の末裔」で済ませられるだろうが。

 彼女は花輪をつくって遊んでいた割に、土の匂いはおろか、草の匂いもしなかった。花輪をつくれば自然と草の液を浴び、青臭い匂いがするはずなのに、彼女からはそれがしない。


(これは花輪がおかしいのか、それとも……?)


 その異様な胸騒ぎに、ベティは一旦女の子に笑いかけ、「隊長に確認してきますね」とだけ言って距離を置いた。

 彼女と離れてから、やっとベティの胸騒ぎはなりを潜めたのだった。

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