第76話 一時《いっとき》の別れ

母と話をした結果、帰宅することにした。





娘の事ももちろんあるが、

色々と解決するためにはこちらではしっかりした準備が出来ないためだ。





深澤くんも後片付けを終えて、コーヒーの香りをくゆらせる。



「月、綺麗だね。空気も澄んでいて、優しい。」


「そうだね、いい夜だね。深澤くんが隣にいてこんなに穏やかに過ごせる幸せ。」


「.....蓮伽さん、あなたと出会えて、愛する幸せ、愛される喜び、焦がれる切なさ、愛を知った苦しみ....色んな気持ちを全部教えて貰いました。

母親の事があって、自分は他の人と違う不幸な子なんだ、幸せになってはいけないんだって思い込んで生きて来たから。

人の気持ちを信じることもなかったけど、蓮伽さんに人を大切にする気持ちを教えて貰った今、幸せってこういう事なんだって噛みしめています。

正直、これだけの愛を知ってしまったから、失うのがとても怖いです。蓮伽さんは.....怖くないですか?」


「........そうね、これだけの愛される事の喜び、抱かれ求められる歓び、愛す幸せ....いっぱい深澤くんに貰った分、失う事を考えたら、すごく怖い。

でも、今は失っていないから。ない事を考えて苦しんでも仕方ないでしょ。それに、」


「それに?」


「失わない(笑)」


「.......(笑)」


「私は、深澤くんに看取って貰って天寿を全うするの。最後の夜も、深澤くんの腕の中で、ね。」







.........あぁ、深澤くんのキスは、私をダメにする。






私だって、他の誰にもこのキスを渡したくない。








私の奥を目覚めさせるキス。






「ん.....待って......今は、」





吸いつくされプックリとし始めた私の唇は、我慢を滲ませ深澤くんから離れた。





「どうしたの...?」


「......あのね、」





不安げな顔をしている。




「さっき、母と話して一旦戻る事にしたの。」


「えっ?!」


「あなたとの穏やかな暮らしをするには、色んなことを片づけないといけない。まず、この土地のミッションを完遂すること、それには帰ってそれなりの準備が

あるし、自分の能力の事とかもっと学ぶ必要もある。蓮の花を咲かせた事で得た異能を修得しないといけなかったりもする。」


「じゃ、僕も一緒に帰って手伝います。」


「......うん、深澤くんの力が必要。でも、こちらに戻るまで会うことは出来ない、それで良ければ。」


「なんで??合間に、職場の仲間として会う事なら大丈夫ですよね??」


「.....それは無理。」


「どうして?どうして!!」




珍しく、語気が荒い。





「きっと、会ったら私は抱かれたいと望み、あなたは抱きたいと望む。お互いに交わる事を欲する。それは出来ない。」


「それは、旦那さんの事...」


「違う。詳しくは言えないけど...」


「なぜ!それを僕は聞く権利さえないの.....?」


「......違う、違うよ...」


「何で、言ってくれないの......」








・・・・・・・こうなる事が分かっていた。やっぱり、黙って帰れば良かった。

このままでは深澤くんを傷つけてしまう。

どうすれば・・・





しばらく、重々しい空気が流れた。





二人とも無音のまま時間が流れてゆく。

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