第95話

食卓の指定席。


そこに私を届けてくれた語の腕が離れる寸前、反射的に私は華奢な手首を掴んだ。




「眠たーい。」



ぐったりとテーブルに突っ伏している綴は、両脚をバタバタと動かし食事が来るのを心待ちにしている。



一方で、私に動きを制された語はコテンと首を横に折った。


どうして手首を掴まれたのか分からない。そんな語の心の声が聴こえる。



相変わらず無自覚な相手に、己の表情が険しくなった。




「語、熱ある。」


「……。」


「体調、悪いんじゃないの?」



さっきから少し体温が熱いなとは思っていたけれど、起きてからの一時間とちょっとで明らかに熱が高くなっている。


これが只の風邪ではないと知っている私は、掌に伝う熱を感じながら双眸を語に向ける。



「ち、違うもん。」


「語、無理し…「夜の気のせい!」」



逃げる様に私の手を振り払ってさっさと着席をした彼。


けれど私は、一瞬だけ崩れた語の表情を見逃さなかった。




「語…「あ!お食事届いたみたい!僕が取る!」」



無駄に大きな声を上げ、こちらの発言を妨げる事に成功した語は平静を装って玄関の方へ駆けて行く。


綴よりほんの僅かに小さな背中が足音と共に遠ざかり、やがて視界から消えてしまった。




「珍しいね、語が自分から食事を受け取るなんて。」



まだ弟の異変に気付いていないらしい綴は、グラスに注いだお水を飲んでいる。


どれだけ誤魔化したって、絶対に露呈する事は避けられないのに…。




「そうだね。」



語への心配が拭えない私は、顔を曇らせたまま頷いた。

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