第92話

気を失うまでの容赦ない行為を平然と「愛」と呼称するのだから、この男は全く思考が歪だ。


私との接吻の余韻を味わうかの様に舌嘗めずりをして、自らの唇を指先で撫でる綴。




そんな彼の肩の上へ、クスクスと声を漏らしながら貌を載せた語と不覚にも視線が交わる。


妙な恐怖を覚えるのは、語のさっきの言葉が未だ脳裏から消えないからだ。




「違うの綴。夜はきっと、僕ともっと恋人ごっこがしたかったんだよ。」



綴の髪に口付けをした語が、視線だけで私を捕らえる。


鎖で雁字搦がんじがらめにされ、重く冷たい鉄の錠を掛けられた気分だ。語の言葉全てが一々意味深に聴こえてしまう。




「駄目。抜け駆けはルール違反なの。」



こんな狂った二人にルールも糞もない。綴のその返事を聴いた私は思った。


愛情表現の一環なのか、次は綴が語の髪へと口付けをしている。目前で繰り広げられる美挙に息を呑む。




「冗談だよ。僕達はずっと一緒だもんね。」


「そうだよ、ずっと一緒。」



互いの額と額をくっ付けて、語の発言に綴が頷いている。



「永遠に一緒?」


「うん、僕と語と夜ちゃんは永遠に一緒。」



投下された叶いもしない言葉に、どうしてか私は、酷い虚無感を抱いた。

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