第85話

寝相ではだけた相手の首元に浮いている二つの黒子。


誰もが「不動語」だと識別できるその印を、何となく指先で撫でたら間もなくして語の手に捕えられた。



「こう云うところ。」



埋めていた美しい貌を上げて、澄み切った双眸で私の姿を拘束した相手が、色付きの良い唇で放物線を描く。




「僕と綴を、二人で一つじゃなくって、それぞれ一人の人間として扱うところが罪なんだよ、夜。」



掴んでいた私の手に、己の頬を摺り寄せた彼。


指先に伝う滑らかな感触。



女の私よりも幾分綺麗で、肌理細やかな頬が羨ましい。


何もかもを恵まれて。何もかもを与えられて。何もかもに不自由していなくて。



世の中は、なんて不平等で溢れているのだろう。



「夜を不動語だけの物にしたくて、どうしようもなくなっちゃうの。その想いがね、年々強くなるから困っているの。」


「語、何言って…「僕達の心臓を射止めた夜の矢はね、抜けるどころかどんどん奥を貫いているんだよ。だから僕も綴も苦しくて藻掻いているの。」」



云っている意味が分からなかった。


どうして二人が苦しみ藻掻く必要があるのか、私には理解ができなかった。

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