第83話

相手の体温が触れているはずの背中に、冷たい氷柱つららで心臓を串刺しにされた気分だった。



全然近づいている気配がしなかった。何より、物音一つしなかった気がする。



何時からいたの?


何処から聴いていたの?




「おはよう、語。自分で起きられるなんて珍しいね。」



出来る限りの平常心を掻き集めて、どうにかこうにか口を開いた。


ここで黙秘を選ぶ方が好ましくないと鈍い思考でも判断できたからだ。



腰の括れに手を添わせ、ぐるりと私の躰を回して振り返らせた相手に抗う事なく対峙する。


どんな表情を浮かべているのだろうか。そんな緊張で神経が尖っていたけれど、私の想像を裏切り、語は大変に穏やかな貌をしていた。




「夜は僕達のお顔を見なくても、声だけで誰が誰なのか判別できるんだね。」



顎を持ち上げた彼の親指が、唇の傷口に触れる。


直後に走った痛みに顔が強張ったのも束の間で、すぐに語の体温が唇に重なった。





「んっ…んっ……。」



出血が原因で鉄の味が広がっていた舌を取られ、じっくりと愛撫される。




「昨日の情事でするの忘れてたから。」



えへへと頬を脱力させた相手の姿が、不覚にも可愛く想えてしまった。

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