第65話
腕が千切れてしまいそうだった。
華奢なのに、何処にそんな力があるのだろうか。私の腕を引いて歩き始めた綴は、携帯を取り出し「一分後に正門」と短く告げてそれをポケットに仕舞う。
僅か三秒の通話相手が語だと云う事は、長年の勘が察知していた。
「綴!綴待って!」
「……。」
振り向いてもくれない相手に不安の山が隆起する。
「綴っ…お願い綴……こっち向いて…。」
視界に映る景色が全て、浮かぶ涙で淀んでいく。
大学の広い敷地を突っ切る相手に、私の声が届いているか否かすら分からない。
正門を視界が捉えた頃、二限目が始まる鐘が大きく鳴り響いた。
人のいない場所に、たった一つだけ人影がある。
私達の姿に気づくなり手を振ったその人が、笑顔を咲かせている事に気づいたのは、距離がすぐそこにまで迫った時だった。
「あーらら、夜ってば綴を怒らせちゃったね。」
クスクスと愉快に満ちた笑い声を落とした相手は、講義中に綴の目を盗んで私の唇を奪った語だった。
やはり、さっきの電話の相手はこの男だったのだ。
見計らった様に正門に横付けされた黒色の車は、トヨタセンチュリー。
顔見知りの運転手によって開かれた後部座席に、私の躰は押し込まれた。
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