第12話

よるちゃん。」



まだ住み慣れていない高級マンションのリビング。ソファに腰掛けて小説を読んでいた私の視界は突然割り込んで来た麗しい貌で埋め尽くされた。


明瞭な偽りの笑顔をぶら下げている相手が、有無を言わさず私の手から本を取り上げて床の上に放り投げた。




あーあ、折角面白い展開の部分だったのに。栞も挟んでいないのに。


乱雑に扱わたせいで表紙が歪んでしまったそれを視線の端で追って、残念な気持ちに駆られる。



けれど、立ち上がって拾いに行く権利を私は有していなかった。




「……どうしたの、綴。」



視界を独占している相手に質問を投げる。



こんな風に嘘の笑みを浮かべて物に当たるのは、目前の彼が酷く癇癪を起した時に見せる行動だ。


それを知っているからこそ、厭な予感が拭えなかった。



「今日の入学式で僕の後ろの席の塵がね、夜ちゃんの事を可愛いだの綺麗だのって身の程も知らない発言をしていたの。」


「えー、何そのお話。僕も初めて聴いたぁ。」



放たれた言葉に反応したのは私ではなく、幼少期からずっと好きな老舗の洋菓子店のケーキを食べていた語だった。

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