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どれだけの時間を、そう過ごしていたかわからない。
ただ、夢中に。
今だけは、今この瞬間だけは、互いが互いを求めていた。
唇から伝わる熱が、冷えていたはずの身体を温めていく。
やがてゆっくりと、惜しむように離れて目を開けると、潤んだ瞳が真っ直ぐに見つめていた。
新井が無意識に夏目の濡れた唇を親指で拭うと、夏目はくすりと小さく笑った。
「笑うところですか」
そう聞く新井も僅かに笑みを浮かべていた。
夏目が「くすぐったくって」と言うと、新井はまた苦笑いを浮かべた。
夏目の手が新井の手にかかろうとしたその時、夏目のポケットにあったスマホが震えた。
画面には『K』の文字だ。
夏目は、スマホの向こう相手と二、三言葉を交わして電話を切り、顔を上げた。
その視線を受けた新井は小さく頷いて立ち上がった。
「任務ですか」
そう聞く新井の表情は、すっかり仕事モードの堅物のそれに戻っていた。
ジャケットを羽織り、襟を正してボタンを閉める一連の動きを経て、気合を入れると、夏目に向き直った。
「例の弁護士から、新しい情報を掴んだと連絡があったそうです。詳細はスマホに」
「行きの道で聴かせてください」
二人は同時に扉に向かって歩き出した。
当然、同じ職場の同僚として。それは、これまでの何ら変わることのないものだ。
新井が体重をかけて勢いよく扉を開けると、かかっていた木が倒れる音と同時に、冷たい風が勢いよく吹いてきた。
雨は、変わらず降り続けていた。
二人は再び顔を見合わせてから、共に雨風の中へ駆け出した。
再び教会の扉がゆっくりと閉まる音が、背後で微かに聞こえた。
それもやがて、すべては雨音に掻き消されるばかりだった___。
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