第89話

二人の名前を影十が知っている事に驚きを隠せない。




「千智君も夜紘君も、私の席の隣なんだ。」


「嘘…お姉ちゃん運悪いね。」


「あはは。」




あからさまに同情じみた視線を向けてくる影十は、本当に感情がよく表に出る子だ。



何一つ表情を変えない夜紘君とは正反対だ。





「私も最初はどうしようと思ったけれど、二人共優しいよ。」


「まさか。」


「本当なの。千智君も夜紘君も最近は毎日学校に来てくれるし、よく話し掛けてくれるんだよ。」


「そんなはずないよ、絶対に優しいなんて事はないと思う。」





会った事なんてないはずなのに、影十は二人の事を知っているかのように言い切った。





「でも、もしかしたらその二人ならお姉ちゃんをあいつから救えるかもしれない。」





顎に指を乗せて、考える素振りを見せる相手を横目に首を捻る。



私を救える?


どういう事だろうか。





「噂が間違っていないのなら、あの二人は……。」





ピンポーン






影十の言葉を遮るように響いたインターホン。


それを聞くなり、影十は顔を曇らせた。





「本当に忌々しい奴だよね。」


「え?」


「玄関の前に今立っているの、あいつだよ。」


「ひー君?どうして分かるの?」




ここから玄関なんて見えやしないのに、確信を持っているらしい影十は窓を指差した。


そこから映るのはママが趣味で花を植えている庭。




「あいつ、あそこから見てるよ。」


「……。」


「お姉ちゃんがちゃんと良い子で留守番しているか、必ず覗いてから現れるんだよ。」


「嘘…。」


「本当。」




全然気づかなかった。



気配も視線も感じた事なんて一度もない。だからこそ、影十の言葉が信じられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る