第59話

長い長い午前の授業から解放され、私の足は一直線に彼と会う場所へと向かっていた。



扉を開けば、窓枠に凭れかかっていた彼が緩やかに口許に弧を描く。




「日鞠、遅いよ待ちくたびれ……日鞠?」




相手が言い終わる前に駆け足で抱き着いて、数十センチ先にある甘美な貌を見上げた。



私の行動に一瞬だけ驚いたような表情を見せたけれど、すぐにいつも通りの優しい笑みを湛えた彼は私の身体を抱き締め返した。





「ふふっ、どうしたの日鞠。」


「何となく…。」


「ん?」


「何となく、ひー君にとっても会いたくって。」




何故だろうか。


いつも以上にひー君が隣にいない事が不安だった。



声を絞り出す私の鼻を掠めるのは、大好きなひー君の香り。




「何かあったの?」


「ううん。」




本当はね、ひー君に会いたかった理由は分かってるの。


千智君と夜紘君…ひー君以外の人の隣で数時間過ごす事が慣れなくて、少しだけ疲れちゃったせいだ。


だけど、そんな事を言ってひー君に無駄な心配は掛けたくない。




「ただ、会いたかったの。」


「ねぇ日鞠、自分がどれだけ可愛い事言っているか分かってる?」


「分からない。」


「じゃあ教えてあげる。」


「んんっ…ん……。」





顎を持ち上げられたと当時に、唇に重なるのはよく知った体温。



当然のように口内へと入って来た熱い舌。くちゅくちゅと互いの唾液の混ざる恥ずかしい音が響いている。





「これくらい…僕の理性を容易く奪ってしまうくらい、可愛いよ。」





激しい接吻に息が上がっているのは私だけのようで、ひー君は余裕を含んだ表情で頬を緩めた。

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