第29話

顎を持ち上げられ、強引に唇を塞がれた事を理解する頃にはひー君の熱い舌が私の口内を掻き乱していた。



口の端から涎が一筋流れれば、彼はそれをも丁寧に舐めとった。




「嫌だ。日鞠と離れるなんて無理。死にそう。息もできない。」


「私もだよ…。」




消え入りそうな自分の声が、情けない。




「日鞠、僕の事好き?」


「うん。」


「愛してる?」


「うん。」


「ちゃんと言葉で言って。」




私の勘違いでなければ、ひー君は不安になった時いつも自分を愛しているのかと尋ねてくる。



そんなの、訊かなくても分かりきっているっていうのに。



私はひー君が大好きなのに。




愛してる?の言葉に、頷く事以外教わってこなかったから、それ以外にひー君を安心させてあげる方法が分からない。





「愛してるよ、ひー君。」





彼が求めるなら、私はそれを与えてあげるだけ。


それだけが、ひー君の隣にいられる私が唯一してあげられる事。




私が愛してるよって言うだけで、安心するってひー君が前に教えてくれた。



ひー君が安心してくれる為なら、何度だって言ってあげたい。




「休み時間の度に会いに来るね。」


「……。」


「昼休みは絶対に僕と一緒に過ごしてね。」


「……。」


「返事は?」


「うん。」


「良い子。可愛い可愛い僕だけの日鞠。」




彼が私の髪に顔を埋めるせいで、息が首筋にかかって擽ったい。




「ひー君、そろそろ入学式始まるよ。」


「うん分かってる…でも僕、日鞠と離れたくないや。」




困ったようにハニカムひー君は狡い。


そんな可愛いこと言われたら、入学式なんて行きたくなくなってしまう。

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