14

 みんなにからかわれ、私は耳たぶまで熱くなる。きっと顔は熟れたトマトみたいに真っ赤だ。


「もうこの病室には来ませんからね!」


 プイッとそっぽを向き、私は逃げるように病室を出た。


 ――でもね……。

 本当は、ちょっと嬉しかったんだ。


 彼が冗談で言った『恋の病かもな』


 この言葉に……。

 舞い上がっている自分がいた。


 恋の病……。

 この気持ちは、まさか……。


 いや、そんなはずはない。


 ◇


 その日、夜勤の看護師が親戚のお通夜で急遽休むことになり、私は午後四時にいったん仕事を終え、深夜勤をすることになった。


 この病院、明らかに人手不足だよ。こんなシフトが続くと流石に疲れが取れない。


 ――深夜二時、ナースステーションで休憩していると、ナースコールが鳴る。


 赤く点滅している病室は、432号室、中居保のベッドだ。


 どうしたんだろう?

 やっぱり、胸の痛みは感染症!?


 慌てて病室に向かう。

 同室の三人はすでに眠っているため、そっと室内に入った。


 彼のベッドのカーテンをそっと開けると、彼がベッドの上で蹲まっていた。


「どうしました?」


「痛くて……」


「えっ? どこが痛むの? 右腕ですか? それとも心臓……」


 彼の体に触れると、いきなり手を掴まれた。


「っ……!? な、何をするんですか」


「しっ―……、黙って。皆が起きるから……」


「ナースコールは嘘だったのね!」


「だから、しっー……。静かにしろよ」


「離して下さい!」


「黙れって言ってるのが、わからないのか」


 彼はいきなり私の口を大きな掌で塞いだ。


 ――ありえない……。


 抵抗したいのに……。

 彼を突き飛ばせない。


 彼が耳元で囁いた。


「そんなに怖がるな。何もしないよ。少しだけ雫と話がしたいだけだ」


 彼は私の口を塞いでいた手をゆっくり離して、手を握った。


 窓の外に浮かぶ月が、私達を朧気に照らした。


 掌の中には小さなメモ用紙が握らされていた。


「明日、退院だからさ。話の続きは俺の部屋で……」


「つ、続き……」


「そのメモに書いているのは、俺の携帯電話の番号とアドレスだから。連絡待ってる。連絡してこないと病院に押しかけてるからな」


 半ば強引に渡されたメモ用紙。

 こんな場所で告白するなんて、呆れて言葉も出ない。


 患者さんに連絡先を渡されて、こちらから連絡できるわけがない。頭ではそう思っているのに、私は渡されたメモ用紙を手にしたまま動けないでいる。


 そんな私に彼は冗談ぽく言い放った。


「もう胸の痛みは治まったから、ナースステーションに戻っていいよ。早く戻らないと、どうなってもしらないぞ」


 動揺した私は周囲を見渡す。


 みんな……もう寝てるよね?

 まさか、今の話を聞いて……ないよね?


 同じ病室の患者のことを気にかけながら、「……お大事に」と言葉を吐き捨て、私は逃げるように病室を出た。


 中居保からもらった電話番号……。


 怜子の存在を、忘れていた。

 彼と付き合うことはできない。


 単なる浮気相手になんて、なりたくない。


 ナースステーションに戻り、そのメモ用紙をグシャと握り潰したが、ゴミ箱に捨てることができなかった。


 ジンジンと心が痺れている。

 心臓が破裂しそうなほど、鼓動が速まり鳴り止まない。


 掌に残る……ぬくもりが……。


 私の正常な理性を……侵蝕している。

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