「入院についての詳しい説明は、明日の朝しますから、このベッドを使用して下さい」


「ここか。窓際だから眺めもいいな。看護師さん、カーテンを閉めてくれる?」


 私は彼に言われるままに、白いカーテンを閉めた。


「ご家族が着替えを持ってこられるまで、病院の寝間着をお貸ししますね。私物は棚の抽斗に入れておきます。もしも、患部が痛むようでしたら、ナースコールを鳴らして下さい。痛み止めを出しますから。では、おやすみなさい」


 カーテンに手をかけたとき、いきなり彼が私の腕を掴んで引き寄せた。バランスを崩した私はベッドに座っていた彼の胸に倒れ込む。


 えっ……? な、何?


 突然のことに、私は声が出せない。


 彼は倒れ込んだ私のうなじに顔を近づけた。


 これは、な、なに!?


 私は彼を突き離し、思わず睨みつけた。


「な、何をするんですかっ!」


 彼は悪びれた様子もなく口角を引き上げた。


「朝食何時か聞こうと思っただけだよ。看護師さんがバランス崩して抱き着いたんだろう。案外積極的なんだな」


 はあ? ふざけてるの?


「看護師さんって香水つけてないのに、いい匂い」


「……や、やめて下さい。変なこと言わないで。朝食は午前七時ですから」


 どんなに誤魔化しても、あれは明らかにセクハラ行為だ。倒れるくらい強く引っ張ったくせに白々しいにもほどがある。


「それよりさ、俺の服、せっかくプレゼントしてもらったのに、ハサミで切り裂かれたら相手に申し訳ないだろう。看護師さんがもちろん責任とってくれるんだよね」


 責任? この私に謝罪しろと?


「申し訳ありませんでした。失礼します」


 私はこの場から逃れるために頭を下げ、勢いよくカーテンを開き病室を飛び出した。


 ナースステーションに戻っても、鼓動はまだドキドキと鳴り止まない。


 あいつに掴まれた手首。

 水道の蛇口を捻り、ハンドソープでゴシゴシと洗う。彼に触れられたと思っただけで、鳥肌が立ちそうだ。


 テーブルの上に置かれたカルテに視線を落とす。『中居保なかいたもつ二十四歳。職業は消防士』


 ――消防士だったんだ……。

 でもどうして私服だったんだろう。


 上から目線だから年上だと思っていたら、私と同じ歳じゃない。人を馬鹿にして、看護師を何だと思ってるの。


 セクハラは絶対に許さないんだから。

 看護師が大人しくしてると思ったら、大間違いなんだからね。


 私の怒りは、夜が更けても暫くは治まらなかった。


 ――翌朝、午前八時、日勤の看護師との交代。

 ナースステーションで申し送りを済ませ、帰ろうとした時、同僚の看護師、山口茜やまぐちあかねが、声を掛けてきた。


 茜は私と同期で、同じく二十四歳だ。


「昨夜、また急患だって? 雫が夜勤の時って、いつも急患が入るよね。それで昨夜の人ってどんな感じ? カルテを見るからには、私達と同じ年齢だし職業は消防士。ねぇ、イケメンだった?」


 あいつがイケメンかって?


 そんなのどうだっていいでしょう。


 看護師にいきなり抱き着くような男だ。

 理性のない野獣と同じに決まってる。

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