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 そう思い、思わず警戒したが、予想は外れた。




「嫌な音とか聞かせてしまって、ごめん。言い訳では無いんだが、溝本先生とは付き合っていない。でも、聞かれた会話は事実。気持ち悪いかもしれないが、”そういう関係”ではあった。でも、きちんと解消しようと思っている……」

「……」

「って、何で俺は平澤に弁解しているんだろうな……」

「……っ」




 頭で考える前に、体が先に動いた。


 私は勢いよく立ち上がり、河原先生の背後に回る。そして、無言のまま抱きついてみた。




「ちょ、平澤っ!」

「先生……私、溝本先生と付き合っていないって聞いて、安心しました」

「平澤………」



 仄かに香る香水に混ざる、タバコの香り。

 直に感じる先生の体温に頭がおかしくなりそう。





「……」





 自分からやっといてあれだけど。





 この後……どうすれば良いのか分からない。





 自分の心臓の音がうるさい。

 身体は震え始め、また目に涙が滲む。




「……平澤、心臓凄いな」

「き……聞かないで下さい!」

「聞こえるんだよ……」

「聞かない努力をして下さい」

「無茶言うな……」




 そう言って先生は、初めて私に対して笑ってくれた。

 優しい笑顔に、思わず涙が込み上げる。




「……先生、やっと笑ってくれた」




 私に向けられたその笑顔が、ずっと見たかった。

 いつも不機嫌そうな顔をしていたから、その笑顔が本当に嬉しいし眩しい。



「今度、向き合っている時に笑って下さい。横じゃなくて、正面から見たいです」

「何だそれ……」




 呆れたような声を出し、ふっと笑う先生。




 もう……たったそれだけのことなのに、嬉しくてどうしようもない。

 今の私の感情、上手く言葉にできない……。





「……なぁ、平澤。1つ聞きたいことがある」

「……え?」

「柚木先生と付き合ってるのか?」

「あっ」



 そういえばキスしていたところ、見られていたんだっけ。


 唐突な河原先生からの質問に、身体が飛び跳ねた。

 真っ直ぐ見つめてくる先生の目に、涙が零れ落ちる。



「つ……付き合ってないです。柚木先生は、傷付いている時に支え助けてくれていました」

「それでキスをするのか?」

「河原先生、冷たくて、辛くて。どうでも良いやってなって……」

「なるほど、俺のせいか」

「それは違います」

「いや、俺のせいだよな……」



 そっと私の手に、トントンと2回触れた先生は、囁くように言葉を継いだ。



「前も言ったが、柚木先生とキスしているところを見たら嫌な気持ちになった。……それだけ、お前に伝えておく」

「河原先生……」





 結局1時間以上、河原先生とお話をしていた。




 付き合うとか付き合わないとか……それはさておき。


 壊れ切っていた先生との関係が、ほんの少しだけ回復したような気がした。





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