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 その足音はどんどんと近付いて来て、私と柚木先生の前で止まる。そして止まった足音の主は、スッと腰を屈めてしゃがみ込んだ。



 サラサラと風になびく、少し長い黒髪。

 黒縁眼鏡の奥から覗く、どんよりとした目。



「………」



 河原先生だ……。



 突然現れたその人に、心臓は自分でも驚くほど飛び跳ねる。抜いた草を掴んだままの私の手は、大きく……大きく震え始めた。




「……何しに来たのですか、河原先生。部活中です」

「……」



 無言のまま、何も喋らない河原先生。私はと言うと、突然の出来事に震えが止まらなくてどうしようもない。




「河原先生、用が無いならどこかに―――……」

「平澤」



 柚木先生の言葉を遮り、私の名前を呼んだ河原先生。その呼び掛けに答える前に、河原先生は私の体を強く抱きしめて耳元で囁いた。



「平澤、ごめん……」

「………」



 全く頭が回らなくて、現状が理解できない。何も考えられず呆然と固まっていると、横で柚木先生が声を荒げた。



「な……、何してんだよっ!!!!」



 柚木先生は河原先生に飛び掛かり、私から引き離す。そして更に体を押し込んで、河原先生に尻餅を付かせた。



「っ!!」

「河原先生、いい加減にして下さいよ。この前言いましたよね、やっていることが中途半端だと。気まぐれで行動して平澤さんを苦しめるなら僕は許さないと、あと何度言えば理解できるのですか!?」

「……別に、柚木先生に許してもらう必要は無い」



 河原先生は立ち上がって、付いた砂を手で払いながら真っ直ぐ私の目を見た。



 ここ最近、ずっと目を合わせないようにしていた。だから、久しぶりに先生の目を見た気がして心臓が飛び跳ねた。


 いつもはどんよりとしている先生の目に、今日は少しの悲しみが滲んで見える。




「……平澤。今まで通り、話しかけて来い」



 たったそれだけを言い残して、河原先生は校舎に向かって足早に歩き始めた。



「あ、河原先生っ!!」



 柚木先生が名前を叫ぶも、河原先生は振り返らない。



 何が起こったのか、未だに理解が出来ない私。


 河原先生の姿が見えなくなると、自分の感情も理解できないまま零れ落ち始める涙。



 河原先生の力強い腕。

 ほんのり感じた、体温。


 体に残るその全ての感覚が私の胸を苦しめる。



 最後に言い残した言葉は、何。一体、どういう意味なのだろうか。


 その言葉の意味を考えようと頭を回転させようとすると、今度は柚木先生に優しく抱きしめられた。



「柚木先生……」

「だから、平澤さんのそんな表情を見たくないって言っているんだ。何だよ、河原先生……」

「………」



 鼻を啜りながら声を震わす柚木先生。





 もう、分からない。


 17年しか生きていない私には、先生2人の行動を理解しようにも、何が何だか分からない。





「……」



 柚木先生には、抱きしめた腕を離す気配が全く無かった。



 そんな柚木先生の腕は河原先生より細くて

 温かくて、優しくて……。




 少しだけ震えていた。






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