喪失

『あのさ、天理てんりちゃん』

『ん?』

『愛、天理ちゃんはこれを一体何だと思う?』

『愛、かあ……。ねえ、質問が難しいよ、七緒』

 その質問に困惑する私を見て『ごめんね』と謝り、哀しげな微笑を浮かべる。そのほほ笑みがあまりにも切なく『う、ううん……』と咄嗟に否定する。

 と、いきなり『愛、これの対極に哀しいと書いて、哀と読む漢字があるね』。

『うん……』

『この漢字が意味するもの、それは、喪ったものや、哀しい出来事に対する深い感情なんだよ』

『深い感情……』

『そう』

 相槌を打ち、パーラメントのボックスからパーラメントを1本抜き取る。それを銜え、カチッ、カチッとライターでそれに火をつけたあと、パーラメントの煙を吸い込み、それを一息に吐き出す。

 灰皿にギッシリと詰まったパーラメントの吸殻と、部屋に散乱する何本ものポンプ――まるで腐敗したかのようなアパートの一室でこうした語を交える、哀しい一組の男女がいる。

『オレが言いたいのは』

 そう切り出し、パーラメントの灰を灰皿にトン、と落とす。

『言語化できない、そんな何かをオレは喪った。天理ちゃんは、そんな何かを喪ったオレを温かさで包み込んで、オレの心に優しさを注いでくれる。多分、これが愛なのかもしれないな、って』

『七緒……』

 照れくさそうに笑う、そんな七緒につられてぎこちなく笑った。

 ねえ、七緒。

“さよなら”

 この4文字より、さよならより確かな愛があるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

罪に染まった愛 七條礼 @ShichijoAkira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ