第8話 彼の家
ギリギリお迎えの時間に間に合った。
さっき、彼と付き合い始めたけれど、この保育園での様子は、特に何も変わらずにいつもの光景。
これからもずっと変わらずにこんな感じなのかな? そう思っていたのに――。
「今日は、うちでご飯食べませんか?」
「えっ? 生田さんの家でですか?」
「はい、そうです」
どうしよう。いきなりおうちご飯に誘われる展開がきた。
「柚希ちゃん、うちに来てー」と斗和ちゃんが言うと「ママ、行こっか!」って、柚希はすでに行く気満々な様子だった。
断る理由、もう何もないよね?
「じゃあ、よろしくお願いします」
私の家を通り過ぎ、十分ぐらい更に進んだ場所に、生田さんの住んでいる家があった。
白くて大きな家。大きな庭もあって、モデルハウスみたいにとても綺麗!
一軒家かぁ、憧れる。
立ち止まり、彼の家を眺めながら私は言った。
「ちょっと偏見かもしれないですけど、生田さんは駅前にある豪華なマンションに住んでいるイメージでした。しかも最上階」
「はは、そんなイメージでした? 江川さんすごいです。実は昔、そのマンションに住んでいました!」
なんと、正解だった。
「この家、斗和が産まれてから建てたんです。子供が過ごしやすい家になるように、一緒に笑い合いながら過ごしている場面を想像しながら。工務店の人に何回も相談に乗っていただいて完成しました。ここは今、一番大切な僕の居場所です」
彼は本当に子供のことを一番に考えているんだな。
それにしても、子供が産まれてから家を建てるって忙しそう。家全体を考えたり、ひとつひとつの部屋の壁とか床とか、考えること沢山あるよね? 育児しながら俳優のお仕事もして、彼は他にも色々やってそうで。 私は柚希が生まれた頃は、彼のように考える余裕なんてなかったな。
玄関のドアを開けた瞬間、新築の香りと花のような?いい香りもしてきた。
リビングへ行く。私の家みたいにおもちゃが散らかっていたりしないで、とても綺麗だった。斗和ちゃんがトイレに行きたくなって家に来た時、散らかった部屋を見られてしまったことを思い出し、ちょっと恥ずかしくなる。
「見学しても良いですか?」
「はい、どんどんしてください」
「私、お部屋教えてあげる!」
「斗和、二階も全部教えてあげてね! 僕はささっと何かご飯作ってますね!」
「すみません! ありがとうございます!」
私と柚希は斗和ちゃんに家の中を案内してもらった。
大きな部屋が四部屋ある。黒を基調としたシックな部屋は生田さんの部屋っぽい。何も置かれていない部屋は将来、斗和ちゃんが過ごす部屋かな? 途中かくれんぼしたりして遊びながら、クローゼットの中まで、隅々案内してもらった。
リビングに戻るとテーブルには食事が並べられていた。ハンバーグ、ミートソースのスパゲティ、オムライス、そして、野菜スープ。柚希と斗和ちゃんの分は、今世間で人気のあるひよこのキャラクターが描かれている可愛いランチプレートに乗せられていた。大人はオシャレな感じにぐにゃっとした形の白いお皿に。
「短時間でこんなに!」
「いや、ミートソースと、オムライスの中のチキンライスは作り置きして冷凍しといたやつですよ! ハンバーグはご飯一緒に食べに行った時、柚希ちゃんがよく食べていて好きなんだなって思っていたので作りました」
たとえ冷凍でも、私ならどれかひとつしか準備しないな。しかも、野菜スープもあって栄養バランスもいいし、このオムライス、めちゃくちゃフワフワ。味もとても美味しかった。
ハンバーグもだけど、このメニューは全て柚希が好きな料理。彼はもしかして、全て覚えていてくれたのかな?
というか彼、料理も作れちゃうんだ。しかも、ささっと慣れた手つきで。
完璧!
完璧すぎるよ。
夕食も終え、子供たちと彼はお人形遊びをしている。見ていたら普段から一緒に遊んでるんだなって伝わってくる。
「あ、私、お皿とか片付けますね!」
「あ、すみません! 食器洗い乾燥機に入れて、回してくれると助かります!」
「分かりました!」
キッチンのフライパンとかはすでに洗い終えていて、綺麗だった。シンクも磨いてあるし。こういう彼の完璧な光景を見るたびに、元旦那の言動が頭の中でフラッシュバックしちゃう。産後ご飯作る余裕さえなくなっていた時に、元旦那が連休中自信満々に「俺、料理出来るぞ」って珍しくご飯を作った。作ってくれるのは嬉しかったけれど、あとからキッチン見たら、フライパンとかまな板とか、料理のあと片付け全然してなくて「あぁ……」ってなったことがある。
――彼と結婚したいな。
贅沢な願い。こんな素敵な彼とお付き合い出来るだけで満足しないと。
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