第55話

「伊丹、朝からお盛んだな。」



 翌日、嫌々ながらに、例の黒塗り高級車で会社まで送ってもらうと、朝一から部長に遭遇してしまった。




 昨晩は結局のところ、寝床を分けてほしい私の提案でもうひと悶着あって、あの野郎の強引さに負けた私はそのまま詠斗に抱かれた。



 一緒に寝る事以外は認めないらしい。これだから俺様は....。



 腰痛に蝕まれながら出社すべく一歩踏み出した時、車の窓から顔を出した詠斗に手招きされて渋々向かうと、頭を掴まれて通勤ラッシュの公衆面前での羞恥的なキス。










 

「―――でも、相手の男ってもしかしてヤバい奴じゃないよな?」




 ちらりと部長が視線を向けたのは、車の方向。





「ナンバーが【893】って、ヤクザだったりしてなっ!!」



 ハハハっと笑った部長は、私の肩をこれでもか!と叩いてきた。痛ぇわボケ。




 平和ボケしてるとは思っていたけれど、実際には本物の馬鹿だと思う。




 そうですよ、その通りなんですよ....あの車は、物本のヤクザの所有物ですよ。


 詠斗の事だから、てっきり【8888】とか電話番号と御揃いにするんだろうなと侮っていた。



 主張が激しすぎ!!漫画でしか見たこと無いよ、ヤクザの車のナンバーが【893】って....。









 因みにだけど、私にキスしてきた相手は、誰もが一度は耳にしたことがある暴力団の若頭だなんて....口が裂けても言えない。




 そんなヤバい男は私の護衛の為にと、お屋敷に住まわせる事に決定したのだ。




 でも流石に着替えとかは必要なので取りに行きたいと、言えば....




「アパート引き払って、越してくればいいじゃないか。」



 なーんて、簡単に物事を運ぼうとするのだ。



「嫌よ、こんな物騒な家。」



 短期間だけ....様子を見て逃げ出せばいいのだ。



 まだ間に合う。もしかしたら、狙われているかも。という可能性だけの話かもしれないし、私が離れれば、詠斗とは無関係の人に戻れるわけだ。



 

 きっと上手くいく。今ならまだ以前の生活に戻れる.....。

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