第19話

言葉通り10分で冬弥が現れた


私の前に黒い車が止まって、助手席の窓を開けて手招きされた


『お邪魔します…』


「久しぶり」


車に乗り込むと、いきなり冬弥が運転席から身を乗り出して顔を近づけてきた


『え!ちょっ!』


焦って冬弥を手で抑えると、シュッと私の耳元の方からシートベルトを伸ばした


「勘違い」


『…すみません』


顔から火が出る勢いだ

クスクスと笑う冬弥


「何食べたい?」


『今日は…魚の気分でした』


「魚?寿司?」


『いえ、お寿司というより焼き魚です』


「…焼き魚?」


『ダメですか?』


「いいよ。じゃあ焼き魚食べに行こ」


冬弥は車を走らせると、私の膝に置かれた真希のための本について聞いてきた


「重そうだな。後ろに置いとくよ」


や、優しい…


『あ、ありがとうございます…』


「敬語使わなくていいよ」


『あ、あぁ…』


最初は変な人かもと思ったから普通に喋ってたけど、まさか冬弥とわかって普通に喋れないよ


「何かいつまでも余所余所しいから。な?」


『はい、あ、うん…』


「それでよし」


何だか飼われてる犬みたいな気分だ


「結婚誌なんか買ってどうしたの?」


袋から透けて見えてた表紙を見たのだろう


『親友が結婚するの。そのウェディングドレスのデザイン頼まれて…時間がないから参考にと思って』


「友梨が?凄いな。ウェディングドレスなんて」


『大事なものだから、とびっきり素敵なものにしてあげたい』


「やっぱ度胸あるな」


『え?』


「そんな人生の中で大事なものに取り組むんだろ?友梨は度胸あるよ」


『それって褒められてる?』


「褒めてるよ」 


『私にはあんな大勢の人の前で歌ったり、大物芸能人と対話したりするほうが度胸あると思う…』


絶対緊張し過ぎて倒れる自信がある


「慣れだよ慣れ。俺だって最初から平気なわけじゃない。まぁこの前は久しぶりに緊張したけど」


『この前?』


「友梨に声かけた日。あのあみだくじのときすげー緊張した」


全然表情にでてなかったのに

そんなに緊張してくれてたんだ


「よし。もう着く」


車が止まったのは、外観は旅館?ってほど立派な料亭


『え?ここ?』


「魚うまいよ?」


『いや、こんな高そうなところ…』


「気にしない。行くぞ」


そう言われて冬弥の後を追う

立派な外観にふさわしい着物の上品な年配の女性が私達をしっとりと迎え入れた


冬弥は慣れた様子で女性の後をついていく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る