第弌話 りん

「やーい!妖女!」


川で着物を洗っているとゴツッと割と大きな石が私の背に当たった。


もちろん痛い。


いつも私に石を投げてくる男の子。


彼の名前は、ゲン。


この集落を束ねる家の子だ。


「当たったー!!お前らもやれよ!」


「俺は頭に当てるからな!!」


「なら俺は足だ!」


その取り巻き達も私に平気で石を投げて来た。


こんなことが毎日続いている。


こんな白銀の髪と目に生まれたせいで私は最悪な生涯を送ることになるだろう。


「えい!!!」

「いっ!!」


ゲンの取り巻きの一人が投げた石が見事私の額に命中した。


「あはは!見ろよ!血が出てるー!!」


ゲンは怪我をした私を見て大喜び。


腹が立った私は我慢できず立ち上がり、ゲンの着物の帯を引っ掴み睨みつけた。


「何だよ妖怪女!

俺に何かしたら父ちゃんに言いつけてここには住めないようにしてやるからな!」


どんなに悔しくて腹が立ってもこのガキを殴ることもできない。


だからと言って泣き喚くのも癪に触る。


私はゲンを思い切り突き放して尻餅をつかせた。


「いってー!!

やりやがったな!!

くそっ!!!父ちゃんに言いつけてやる!!」


これはお決まりの台詞。


げんが走って逃げたら取り巻きの坊主達も慌てて走って逃げて行った。


その日の夜のことだった。


「この醜女が!!

うちの子に何するのよ!!」


ゲンの母親が私の元へ怒鳴り込んできた。


私は木の棒で殴られ頬を赤く腫らす。


この騒ぎに集落の人間のほとんどが反応し、見せ物のように私を見ていた。


「図々しく居座りやがって!!この!!」


蹲れば背中を何度も棒で叩かれた。


私がこの集落から無理矢理追い出されない理由はただ一つ。

母の遺言だ。


母はこの集落の誰もが憧れる美しい女だった。


この集落の外で子供を作り産み落とした最初の女でもあった。


そうして生まれたのはもちろん私で、この髪と目を見て集落の人間は大騒ぎ。


妖と契りを交わした穢らわしい女だと言われ首を括られた。


そんな悲惨な死の間際に母が放った一言で私は生かされている。


母の遺言とは…


私の子を殺せばこの集落の子は妖怪に腑を引き摺り出され凄惨な死を遂げる。


だそうだ。


何とも恐ろしい遺言だけど、そんなおかしな話はない。


そもそも、この世に妖なんかいないからだ。


その遺言を恐れた集落の人間達は私を迫害しながらここに住まわせている。


幸か不幸か正直わからない。


「はぁ…はぁ…はぁ…!

二度とうちの子に近寄るな!!!」


私を叩いて満足したらしく、ゲンの母は息を切らしながら自分の家に帰って行った。


「やだやだ、あんな娘早く死ねばいいのにねぇ。」


「私ならいっそ首を括ってるよ。」


「やめないかい、恨まれたら厄介だよ!」


殴られた私を見て助ける人間はどこにもいない。


この集落の全員から死ねばいいと思われている。

毎日毎日、地獄で生きているようだった。

いっそのことこの集落を出ていきたい。


でも出て行った所で野垂れ死ぬのがオチだ。

自ら死ぬ勇気もなく、情けなく恥を晒して毎日を生きていた。

私がゆっくりと立ち上がると野次馬達は次々と家に帰っていく。


私はこの人たちと同じ場所にいたくなくて俯きながら山の奥へと向かった。

真っ暗な山の中、ふらふらと歩いていても恐怖は感じない。


こんな暗闇なんて事ないわ。


人間の方がよっぽど怖い。


しばらく歩いて大きな木を背もたれにして腰掛けた。


ここは私が一人になりたい時にいつも来るところ。

ここでなら…


「ひくっ…うっ…ぅうっ…」


思い切り泣くことができた。


涙がボロボロと溢れていく。


悔しくて情けなくて痛くてつらい。


こんな毎日ならいっそのこと死んでしまいたい。


生きていたって何の楽しみもない。


私はこれから先、誰にも愛されずに死んでいくんだ。


膝を抱えて泣いていると、私の体を凍り付かせるような出来事が起きた。


誰かが私の頭に…


「ひっ!!」

優しく触れて来たからだ。

膝を抱えているから誰が私に触れたのかは分からない。

でも、誰かにこんなに優しく触れてもらうのは初めて。


私は恐る恐る顔を上げて誰が私に触れたのか確認することにした。


月明かりがその人を照らした。

私と同じ白銀の髪に、月明かりと同じ色の瞳をした美しい男が目の前に立っていた。


「/////////」


綺麗な着物を着た綺麗な人。


こんな男の人見たことない、美しくて目が離せないわ。


「どうしてこんなところで泣いてるの?」


優しく柔らかい声で彼はそう聞いた。


話し方も穏やかだしきっと身分の高い方なんだわ。


「私が……醜女、だからです。

醜いから集落に馴染めない…」


この人にはどうしてか話しやすかった。


「醜女?僕、こんなに綺麗な子は見たことないけどなぁ。」


彼は私の前にしゃがんで、綺麗な顔で私の顔を覗き込んできた。


「綺麗だなんて…そんな//////」


初めて言われた。

なんか、くすぐったい。


「名前はなんて言うの?」


名前を聞かれたのは何年ぶりだろう。


「私は……。」


呼ばれなさすぎて、一瞬自分の名前が分からなくなった。


ポカンとしていると彼は楽しそうに笑う。


「あはは、分かんなくなっちゃった?」

 

あまりにも綺麗な顔で笑うから心臓に悪い。


「…りん、です。」


私がやっとの思いで名前を言うと彼は私の頭を優しく撫でた。


「そっか、りんって言うんだね。

僕は遊雷ゆうらいだよ。」


遊雷、その名にはどんな意味があるんだろう。


「遊雷様…。」


何にしろ、美しい人は名前も素敵なのね。


「遊雷って呼んで?

僕はその辺をウロウロしてたただの男なんだから。」


綺麗な着物を着た立ち振る舞いのいい方がただの男な訳はない。


でもきっと身分を隠したいのね。


身分を気にせずただの男でいてくれるのなら私もただのりんとして過ごせる。


私にとってはそれがどれだけありがたい事か遊雷には分からないんだろうな。


「遊雷…。」


私が名前を呼ぶと、遊雷はもっと嬉しそうに笑った。


その笑顔が可愛いと思うのも、遊雷が私の中で特別な存在になっていくのにも時間はかからなかった。


集落での嫌な事が全て灰になったように消えていく。


誰にも呼ばれないこの名前が今では誇らしい。


きっと、遊雷に呼んでもらうためだけに付けられた名前なのよね。


この名前が大好きになってしまった。


その日を境に私は優しいあなたに溺れていった。


集落の人間はいつも不機嫌だった私がいきなり上機嫌になったものだから気味悪がって余計に嫌がらせをしてくる。


食べ物を分けてくれなかったり、石を投げられたり、川に突き落とされたり。


そこで気付いた事がある。


ここの集落の人間は束になって自分よりも不幸な存在を探していた。


自分よりも不幸で不機嫌で惨めな存在を嘲笑い自分のつまらない人生を慰めていたんだ。


どうしてそんな事に今まで気付かなかったのか不思議になる。


これを気付かせてくれたのは遊雷だ。


遊雷と言えば、これで会うのは何回目だろう。


自分の両手の指よりも多く会っていることは確かね。

そのおかげで…


「遊雷!」


「あ、やっときた。」


私と遊雷は凄く仲のいい二人になれた。


「遊雷!」


私は遊雷の元へ駆けつけて、遊雷に抱きついた。


「りん、会いたかったよ。」


遊雷はそう言いながら私をギュッと抱きしめてくれた。


「うん、私も会いたかった。」


あぁ…幸せ。

こんなに幸せでいいのかな?

遊雷は私を抱っこしたまま座り、私を膝の上に乗せてくれた。


「今日は虐められなかった?」


遊雷が心配そうに私に聞いた。


「うん!大丈夫だよ!」


本当は大丈夫なんかじゃない。


今日は私が集落の若い男に言い返したからお腹を蹴られてずっと蹲っていた。


遊雷に会うためだけに痛みを堪えて這い上がりここまで来た。


だけど、そんな話は絶対にしない。


せっかく遊雷と会えているのに暗い話なんてしたら時間がもったいないからね。


「私の話より遊雷の話を聞かせてよ、今日はどんな一日だった?」


私が聞くと遊雷は斜め上を向く。


「うーん、そうだなぁ。

適当に過ごしてたからあんまりいい話はないなぁ。」


ふわふわしているところが少し可愛い。


「あ、でも弟に怒られたよ?

いつまでもフラフラ遊んでるなって。」


え?遊雷は弟がいるの?


「弟さんとは歳が近いの?」


「うーん、近いよ?

100年くらいしか違わないし。」


遊雷はたまに面白い冗談を言う。


「もう!そんな嘘に引っ掛かるほどアホじゃないんだから!」


私が笑うと遊雷も柔らかく笑う。


「えー、嘘なんてついてないのになぁ。」


遊雷の嘘は好きだった。


だって、人を傷つける嘘じゃないから。


あなたは嘘までも柔らかく優しい。


この人の事が心底大好きだった。

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