第95話

あの夜、かかって来た電話。


いつものように出て、いつものようなアホなボケに、またいつものような辛辣なツッコミを期待して。


「はーい。ミクたんですか?こちら天才イケメンの小野町龍蔵くんだよ~」


陽気に出ても、ツッコみを入れるのは弟だけ。電話の相手はそれを無視する。変わりに、


「もしもー………」


『……あのさ』


通話の向こう側。

少しの沈黙の後、重々しく掠れた声が電話越しに聞こえて、瞬発的に頭の中を嫌な予感が駆け巡った。



どこかで予感していた。どこかで、こうなるだろうと思っていた。だからだろう。



でもそれが、まさか今な訳ない。ありえない。


だって、俺はさっきまで小宵ちゃんのお陰で凄く幸せだったのに、だったのに。


その声を聞いただけで、その時の幸せは誰しもが共通しているものではないんだよと、当たり前のことを鈍器で頭を殴られながら教えられているような、そんな説明するにはあまりに粗雑な気分になった。


電話の奥で聞こえる喧騒の中で、ポツリと、ポツリと。その声が落される。



「………え、」


『……から』


「……何?聞こえない」


『俺、学校、やめるから』


「………………は?」


『お前らと、仲間でいるのも……やめる』



「どうしたの?」


首を傾げる弟の声なんて聞こえていない。


俺は電話の向こうの主が今どういう状況で、どういう感情でそれを伝えているのか、それを思うだけで精一杯だった。

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