第8話:深謀遠慮
1561年6月16日織田信忠視点・5歳
「奇妙丸、そのような付け城を築くのは無駄だ、どうせなら小牧山に城を築け」
信長の戦略眼には感嘆する。
単に於久地城を落とすのではなく、美濃攻めを見据えた築城を命してきた。
とはいえ、俺の築く付け城が何の意味も無い訳がない、十分意味があるのだ。
「はい、分かりました、直ぐに小牧山に城を築かせていただきます。
ですが、このまま於久地城の付け城も築かせてください。
父上の邪魔をする家臣に武功を与えないために、付け城が必要です」
林や柴田などが勝手に参陣して武功を稼いでは困るのだ。
厚顔無恥な譜代の有力国衆は、主君の命を無視して武功を得ようとする。
俺の足軽兵団以外が戦えないように、城門前を独占しなければいけない。
「ほう、そこまで考えていたか、ならば小牧山はついでで良い。
手の空いている足軽を手伝いに寄こせ。
五郎左、小牧山の築城はそなたに任せる」
「はっ」
信長が丹羽長秀に小牧山城の築城を命じた。
俺が学んだ史実が正しいのなら、小牧山城の築城が二年早くなった。
1561年6月18日中島豊後守視点
織田上総介が信じられないような大軍を率いて来た。
急激に兵力を増やしているとは聞いていたが、これほどとは思っていなかった。
急激に増やした足軽など弱兵だと思っていたが、間違いだった。
私が率いる百戦錬磨の精兵が撃退され、多くの死傷者を出してしまった。
その上、一兵も逃さぬような付け城を着々と築いている。
このままでは袋の鼠にされてしまう。
犬山城の殿が助けに来てくださったとしても、敵の大軍を討ち破れるかどうか……
「殿、足軽たちが不穏な動きをしています」
「ふん、どうせ夜陰に紛れて逃げる気なのだろうが、無駄な事だ。
上総介が受け入れるはずがない、そう申せば諦めるだろう」
「それどころではありません、上総介に寝返る気です。
殿の首を手土産に上総介に仕える気です」
「俺様が足軽ごときに負けると思っているのか?」
「足軽だけではありません、寄騎はもちろん家臣の中にも不穏な動きをする者がいるのです、油断されないでください!」
城を囲む敵の大軍に加えて味方に裏切り者が現れる、とても守り切れない。
何より、これほどの大軍を動員できる上総介に殿が勝てるとは思えない……
殿が最初に上総介を裏切ったのだから、俺が殿を見限っても誹られる事はない。
とはいえ、家老まで務めた者が無様な降伏はできない。
ある程度は戦って忠節を見せなければ、新たな主人に信用されない。
死なない程度に、新たな主や同輩に舐められない程度には戦わなといけない。
とはいえ、背中の心配をしながら戦うのは危険過ぎる。
1561年6月19日織田信忠視点
「豊後守の降伏を認めろと申すのか?」
「はい、その方が父上の利になります」
「どのような利になると申すのだ?」
「降伏を認めて恩を売るのでございます。
命を助ければ、中島豊後守に主君を裏切る大義名分ができます。
そうすれば犬山城を落城させる日が早くなります」
「なるほど、分かった、認めよう」
「それと、犬山の伯母上はどうされるのですか?」
「離縁させる、人質にはさせない」
「では、中島豊後守と城兵を解放する条件で離縁させましょう。
そうすれば中島豊後守を伯母上に匹敵させた事になります。
中島豊後守は更に寝返りやすくなるでしょう」
「考えが甘いのではないか、人質にできる正室と離縁までして助けてもらった中島豊後守が、十郎左衛門に恩を感じるとは思わないのか?」
「織田十郎左衛門が伯母上を粗末に扱っていた事は広く知られています。
父上が弱みを見せない限り、恩を受けたという言い訳はしません」
「人質にしたい織田十郎左衛門が離縁に応じなければどうする?」
「そこまでしたら父上に族滅させられてしまいます。
負けた時に族滅させられないように、犬山城から逃げるのを見逃してもらうために、離縁には応じると思っています」
「くっ、くっ、くっ、くっ、流石余の嫡男だ、僅か五歳で良く分かっている。
その通りだ、強い間は誰も裏切らぬ、逆らわぬ、何も言わぬ。
裏切られるのは自分が弱いからだ、余が裏切られたのも弱かったからだ。
これほどの才があるなら元服させても良かろう。
堅城で名高い於久地城を初陣で下したのだ、奇妙丸のままではいさせられん。
分かった、今日から信重を名乗るが良い」
俺は、史実よりも十二年以上早く初陣を飾り元服した。
普通は元服してから初陣するのだが、俺は普通ではなかった。
ただ、俺は常識人で、奇抜なアイデアは浮かばない性質だ。
だが信長は違う、傾奇者として奇抜な事をするのが大好きだ。
俺は信長が考えた非常識な服を着て元服をした。
信長は言葉通り中島豊後守の降伏を認め、織田信清の元に戻る事を許した。
中島豊後守の寄騎や直臣も許して解放した。
解放した者達とつなぎをつけて、最高のタイミングで寝返らせる事にした。
1561年6月19日織田信長視点
「於久地城は信重が一人で落とした、よって於久地城は信重に与える」
「有り難き幸せでございます」
於久地城を開城して引き渡す儀式が終わり、即座に武功を称えて賞した。
誰もが己の手柄を吹聴して少しでも多くの恩賞を得ようとする。
力ある譜代ほど厚かましく恩賞を手に入れようとする。
特に林や佐久間、柴田や水野は、大した武功もないのに欲深く恩賞を欲する。
常に俺の寝首を狙っているくせに、図々しいにも程がある。
だから奇妙丸の策に乗って武功が稼げないようにしてやった。
「於久地城も留守居役は新五郎にする、頼んだぞ」
奇妙丸は於久地城の城代をその場で即座に決めた。
新たに傅役の一人になった斉藤新五郎に与えると言った。
皆の前で言う事で、奇妙丸に従ったら大きな恩賞があると思わせた。
奇妙丸は既に勝幡城を己の城としており、城代を前田蔵人に任せている。
奇妙丸が最初に陣代を任せた前田慶次は、余が墨俣城の城代に任じている。
那古野城は留守居役職を林佐渡守から奪った手前があり、表向きは奇妙丸自身で治めているが、今回のような出陣時などは家臣に、今回は織田三十郎に任せている。
この状態で新たに手に入れた於久地城を斉藤新五郎に任せたのだ。
傅役になったばかりの斉藤新五郎が、大した武功もなく城代になれたのだ。
譜代の誰もが、自分も奇妙丸に味方したら城代になれる、城を得られると思う。
城主ではないが、城代や留守居役になれると役料がもらえる。
役料以上の役得が色々ある。
奇妙丸は見事に家臣達の欲に火をつけた。
とはいえ俺に仕える譜代家臣の当主は、勝手に奇妙丸の直臣にはなれない。
だが弟や子供を奇妙丸に仕えさせる事はできる。
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