お隣に越してきた美少女転校生、家事や料理は駄目みたいです。
廻夢
第1話 転校生
白いベッドの上に眠っているお母さんは無数の機械に繋がっていて、声を掛けても反応はない。ただ機械が一定の間隔を保ちながら音を鳴らしている。
白い世界に取り残された僕とお母さんは二人きりだった。いつまでも終わらない白く、色のない世界は何かに引っ張られて伸びていく。誰にも届かない、誰も来てくれない孤独な病室は僕らだけを切り離していくみたいに。
それでも僕は良かったんだ。お母さんが傍に居てくれるのならと、そう思っていたのに。無数の機械は急に機嫌を損ねてしまって音も一緒に伸びていった。
ドンッ
隣の部屋からの大きな物音で
「隣……誰も居ないはずなんだけど……」
左右には隣人が居ないマンションの一室に住んでいる為、物音があるのはおかしい。
確認の為にも雄飛は身体を起こしていつもより早く朝食を作ることにした。ついでに弁当も用意して支度をした後、早々と玄関のドアを開ける。外は梅雨らしく湿気っていて、ジメジメとした空気が自然と憂鬱な気持ちにした。
隣の部屋の玄関を見てみるとダンボール箱が山積みに置かれていて、少しどころかかなり湿っていそうだ。
昨日まで空き部屋だった隣室から物音がしたのも納得がいく。
ガシャンッ……ゴンッ……ドンッ
「これ……本当に大丈夫な音か?」
独り言のように呟き、様子を見に行こうと隣室の方へ足を向ける。
「いや、今行ったら逆に迷惑か」
そのまま隣室から背を向けて、エレベーターに乗り込んだ。
少しだけ隣室の状況は気になりはしたものの、行ったところで迷惑がかかると言い聞かせた。
それからは何事もなく無事に登校し、教室には一番乗りに到着。あっという間に朝のホームルームを迎えた。
いつも騒がしいクラスなのだが、今日はやけに騒がしい。一向に静かになる気配がないので、聞き耳を立てて聞いてみることにした。
「なあ、今日職員室で知らない制服を着た女子が……」
「めっちゃ綺麗だったらしいぜ」
「髪の色が……」
どうやらクラスはある女性の話で持ち切りらしい。
確かにこの時期の転校生は珍しいが、クラスの誰とも関わりを持たない雄飛にとってそんなことはどうでもよかった。そんなことより朝の一件を放っておいてよかったのかと考えてしまう。
越してきたばかりの隣人がいきなり声を掛けれればきっと萎縮してしまうだろうし、自分の物は自分で片付けたいだろう。だが、明らかに異常な物音だったようにも思えてきて頭を抱えていると担任の教師が名簿を持って教室に入ってきた。
「少し静かにしろ。高校生活に慣れてきて、たるんでるんじゃないのか?」
担任は気だるそうに頭を抱えながら教壇に立つ。
しかしながらクラスのざわめきは収まらず、あちらこちらで話し声が聞こえてくる。その理由も廊下に不自然な人影が見えるので概ねの察しはつく。
落ち着きのないクラスだと雄飛は溜め息を零しながら梅雨には珍しい晴天の空を眺める。
「今日のホームルームを始める前に紹介する生徒がいる」
担任の教師の口から淡々と告げられた言葉によって噂や期待は確信へと変わり、一気にクラス中の声が溢れ出る。
「マジか……!ヤバっ!」
「転校生とかマジで物語展開すぎるやろ!」
色めき立つクラスの雰囲気を置き去りにして彼女は姿を現した。凛と咲く薔薇のように淑やかな佇まいにクラスの雰囲気はまた色を変える。
薄らとベージュがかった白い長髪に皆は目を奪われ、彼女が教壇に立つと皆同じように息を呑んだ。整った顔立ちは鮮やかに表情を変化させて口を開く。
「初めまして。訳あって他県から越してきました。
クラスの皆が騒ぎ立てて場を盛り上げようと大袈裟に振る舞う中、雄飛はスンっと落ち着いたままでいた。
今までも他の人間と関わりがなかった上に転校生はルックスだけでもカーストの上位の存在と言える。そんな人間と関わるなんてことはある訳がない。自分の立場と周りからの評価を加味すれば自ずと冷静にもなる。
「このクラスに早く馴染みたいと思っています。これから宜しくお願いします」
明るい歓迎の声と拍手の音が溢れる。
この暑苦しい興奮の熱気はしばらくクラスに残りそうだと雄飛は溜め息を零す。
頬杖を付いて窓の外を眺めながら今夜の夕食の献立を考えるのだった。
転校生日下部の周りには終始、休み時間だけでなく授業中まで人集りができていた。猛烈に自分を見せようとする男子や誰かを取られまいと牽制する女子、様々な人たちが彼女の周りを取り囲む。転校生のお約束とルックスが重なり何やら大変そうだ。
そんな状況を横目にしているとあっという間に一日は終わり、放課後のチャイムが鳴る。
早々と教材をまとめて教室を出ていこうと早足で歩いていく。その時一瞬だけ見えた彼女の手は少しだけ震えているような気がした。
買い物を終えて、帰宅する頃にはすっかり日は落ちていた。帰宅して一番に隣室の玄関前を確認してみたが、朝と状況は変わっていないようだ。少しだけ心配だったが、とりあえず帰宅後の家事に専念した。
洗濯や風呂の準備を済ませ、料理の為に朝使った食器や器具を洗っていると隣人が帰宅したようだ。
ガシャン……ドンッ……ゴンッ…………バタンッ
今朝のように凄まじい物音を立てている。
しばらく物音が続くようなら様子を見に行こう。
そう思い、料理を続けているとやはり何か荷物が崩れ落ちるような物音がまた聞こえてきて堪らず玄関を飛び出し、隣室のインターホンを鳴らした。
「は、は――い!少々お待ち下さ……きゃっ!」
インターホンから女性の声が聞こえたとともにまた何か荷物のような物が崩れる音がした。
騒音問題が当分続くのであればそれなりに対応してもらうように話をしなければならない。人とあまり関わってこなかった雄飛にとってはそれなりの苦難と言える。
どんな人が越してきたんだと頭を悩ませていると玄関のロックが解除される音がした。
初対面は初印象が一番大事だと本で読んだのを思い出し、相手が歳上だろうと引けを取らないよう厳格な態度をしようと気を引きしめる。
ドアが開いて少しの隙間から顔を出した女性がでてきた。
「すみません、今朝から物音が凄くて……」
最後まで言い切る前に言葉を詰まらせてしまった。緊張から言葉が出なかった訳ではなく、増してや噛んだ訳でもない。
なぜなら……。
「え……同じクラスの
顔を出したのは転校生の日下部蜜璃だった。
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