4-5:「これで、俺たちは自由になれる」
あと数日待てば、確実に動きが出ると千晶は語っていた。
それがどのような形になるのかは、今も聞かされていなかった。
だが、『結果』は想像以上に早く出てきた。
今日は十月の最終日。屋上で千晶と語らった日から、ほんの四日しか経っていない。
「本当に、何もかもが予定通りに行ったみたいだな」
喫茶店のテーブルに着き、千晶は安堵した表情を浮かべる。
今日はいつもと席順が違う。
榊は相変わらずカウンター席で背中を丸めている。しかし自分は普段と違い、千晶と向き合っては座らない。彼の隣の席に座り、黙って話に聞き入っていた。
現在、向かいの席には見知らぬ男がいる。
点々と不精髭を生やした小太りの男。年齢は四十くらいに見える。
彼は雑誌の記者だった。この町を拠点に活動する地元紙の人間で、ここ数日起こった幽霊騒ぎや守護霊の一件を取材して回っていた。
テーブルの上には赤い色のカードがある。千晶がそれを何度も提示し、自分の言う通りに情報を吐きだすように命令を出していた。
「じゃあ、結論として言えることは、やっぱり『天国』は実在するということでいいんだな。そして、そこに行けるのは動物の幽霊だけだって」
赤いカードをかざし、千晶が相手に質問をする。「そうです」と男は焦点の合わない目で頷き、ICレコーダーを指で示す。
「取材の結果、全ての人がそう証言しました。守護霊みたいな動物と話をしていった結果、天国というのは大きな光のようなところだと言いました」
彼の手元には銀色の機材がある。少し前までそれを再生し、取材した数名の話を聞かされていたところだった。
今日までの数日で、彼は何人もの家を訪ねた。守護霊が見え、話ができると言った人々に会い、動物たちが何を語ってきたのかを聞き出した。
動物たちは人間を管理する。死後の世界に関連する形で、人間に何かの問題があるとわかった。だからその是正のため、彼らは動いているのだと。
(俺はこう考えた。動物どもは、人間について知りたがっている。でも、あいつらの頭では人間との感覚の違いがわからない。『動物人間』では少し状況が改善されたが、それでも人間の精神そのものが失われているから、結果はたいして変わらなかった)
この喫茶店に記者を呼び出したところで、千晶はそう考えを語ってきた。
(その点、守護霊たちは話が違ってくる。あいつらは生きた人間の心と深く結び付いている。だから他の奴らよりもずっと効率的に、人間について理解できたはずだ)
それが、彼の『思惑』だったのだと今日の段階でようやく開かされた。
その思惑通り、守護霊たちは不思議な話を語ったという。
「死後の世界で、不思議な現象が見受けられました。私たちのような鳥や獣の姿は多く見かけられるのに、なぜか人間の姿だけは一人も見つからなかった。同じ世界に住む生き物のはずなのに、どういうことなのかと疑問が生まれました」
憑依した守護霊の一体が、そう証言をしていた。
「だから、その理由を探ることが求められました。死後の世界に現れない、人間という生き物はなんなのか。その答えを探り、問題があるのなら解決する。それが、私たちに与えられた『使命』なのです」
レコーダーの中でははっきりと、動物霊がそう語ってきていた。
再生された音声を聞きながら、千晶は興奮した面持ちをしていた。「よし」と小声で呟いて、息を軽く荒げていた。
『それで、問題とはなんなのかわかったのですか?』
レコーダーの中では、記者が守護霊に問いかけていた。
それに対して、相手はあっさりと「はい」と答えていた。
「私たちと人間の違い。それは、自我の大きさでした。人間は自我が強すぎる。だから死後に魂となっても、すぐには私たちと同じ天国に行くことはできません」
人間の口を借り、動物が淡々と答えを言う。
「ですが、これは特に問題とすべき事柄ではありませんでした。人にはそれぞれ、相性のいい動物が存在します。それは魂のルーツとも言える存在で、人は死後まもなく、その生き物の姿へと変わります。そうして獣の姿となり、天国へと旅立つのです」
それが真実なのだと、レコーダーの中の声は語っていた。
もちろん、一人だけではない。守護霊と対話していった人々の全員が、同じ証言をしてきたのだった。
「つまり、これが『答え』だっていうことだよな」
赤いカードをかざし、千晶は記者に話を終えさせる。帰り支度をさせ、そのまま喫茶店からは立ち去らせた。
千晶は席を立ち、晴れ晴れとした表情をする。榊もカウンター席から腰をひねり、じっと彼の様子を窺っていた。
「これでゴールだ。動物どもの目的は、人間の霊がどこにも見つからない理由を探すことだった。そしてその理由は、死後に魂が動物の姿に変わるからだった。それがわかった以上、あいつらの目的も終わりだ」
熱っぽく顔を赤らめ、千晶は高らかに言い切る。「そうだろ?」と笑みを向ける。
直斗は無言で席につき、両手を膝の上に押し付ける。
思ったよりも、呆気なかった気がする。
おかげで今でも現実感が持てなかった。
あの動物たちの目的が、千晶の思惑によって判明した。
人間が言い出したことではなく、ほかならぬ彼らの『仲間』が自分で探り出した答えだ。彼らとしても疑う余地はない。
でも、なんとなく違和感もある。
「まあ、たしかにちょっと不思議な話ではあったな。さすがに、人間が死後に動物に変わるって言われても、俺もピンとは来なかったよ」
じっと押し黙っていると、千晶が笑いかけてくる。
「でも、言われてみると少しリンクする話もある。なんで動物どもの操作を三回受けると精神が動物になるのかも、よく考えると不思議だった。でも、人間の精神がもともとそういう性質を持っているものなんだとすれば、あいつらの出す力の影響で、生きている内にそういう現象が起きるんだっていう風にも解釈できる」
「それはたしかに、筋が通っているね」
榊が近くで身じろぎする。カウンターの椅子を回転させ、千晶に体の正面を向ける。
「そうですよね。あいつらもその辺はよくわかってなかったし、この話を聞けば、きっと納得しないではいられなくなる」
胸の前で拳を握り締め、千晶は顔を綻ばせた。
これで終わりだ、と彼はまた呟きを発する。
「とにかくもう、これで全部解決したんだ。あいつらの目的はもう達成された。これ以上何もしなくても、あいつらの欲しい答えは手に入ったし、やるべきことももう存在しないのがわかった。だからもう、これで何もかも終わりなんだ」
千晶はつかつかと歩み寄り、テーブルに片手をつく。正面から直斗の顔を覗きこみ、「そうだろ?」と共感を求める。
深々と息を吐き、彼は揚々と宣言した。
「これで、俺たちは自由になれる」
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