近くても甘くても
幸まる
幼馴染
「だいちゃん、これ、あげる」
「何これ?」
夕方の公園で、
袋の中から、フワリと甘い香りが鼻先に届く。
中に入っているのは三個のカップケーキ。
盛り上がった表面がゴツゴツしていて、合間に濃い紫のものが見える。
「今日、部活で作ったの。ブルーベリーマフィンだよ」
「上のボコボコしたの、何?」
「クランブルっていうの。クッキー生地をポロポロにして乗せた感じかな」
「……
説明を聞き終わる前にかぶりついていた大樹は、目を輝かせてベンチの隣に座る寿鈴を見下ろした。
名前の通り体格の良い大樹は、小柄な寿鈴と一緒にいると、いつも見下ろす形になってしまう。
寿鈴は大樹を見上げて、ニコリと笑った。
大樹と寿鈴は、幼馴染だ。
家は一ブロック隔てた近所で、幼稚園から小中学校までは同じだった。
今年の春に入学した高校から、初めて別々の学校になったのだが、ある時から時々こうして、下校中に公園で落ち合うようになっていた。
約束をしているわけではないが、二人共下校でこの公園の前の道を通るので、道路から見える位置のこのベンチに座っていたら、自然と会えるのだった。
目尻の少し下がった瞳を瞬いて、寿鈴は夢中で頬張る大樹の袖を引く。
「だいちゃん、そんな風に食べたら喉に詰まるよ」
「ん。……あー、今日はお茶全部飲んじゃったや」
既に二つ目を口に入れていた大樹は、足元に置いていた荷物の中から大きな水筒を出したが、それが空だと思い出す。
そういえば、部活終わりに全部飲み干してから学校を出たのだった。
公園の入口にある自動販売機に目を向けた途端、再び寿鈴が袖を引き、水色の自分の水筒を持った。
「緑茶でいいなら、私のまだあるよ」
「す、寿鈴の?…んぐ」
「あ、ほら、詰まっちゃうよ」
喉詰めしそうな大樹を見て、寿鈴は急いで水筒のフタを開けた。
そのまま、フタをコップにしてお茶を注ぎ、手渡す。
「な、なんだ、コップか……」
「え?」
「何でもない!」
大樹は、グイとコップのお茶をひと飲みにした。
自分のは、1.2リットル入る大きいもので、直飲みするタイプの水筒だ。
寿鈴の水筒も同じように直飲みかと思って焦ったのだ、……なんて言えない。
最後の一つを手に取りかけて、大樹がハッとして尋ねた。
うっかり一人で全部食べるところだった。
「寿鈴は食べないのか?」
「私は学校で食べたからいいよ。だいちゃんに食べてもらおうと思って持って帰ったんだもん、気に入ったなら全部食べて」
寿鈴はこの春、南青高校に入学して、家庭生活部という部に入った。
その名の通り、家庭科で習う調理や被服に関係する活動を行っていて、市や県が主催するコンテストにも入賞したことのある、勢いのある文化部だ。
と言っても、普段は創作料理やお菓子を作ったり、手芸小物を作ったりするのが主な活動で、このカップケーキも今日部で作ったものらしい。
「すげぇ
最後の一つを頬張りながら、紙袋をクシャクシャと丸める大樹を見て、寿鈴は嬉しそうに笑う。
大樹が口の中のものを飲み込むと、ゴクリと大きな音が鳴ってしまった。
……なんか寿鈴、高校生になってますます可愛くなってないか?
元々可愛らしい顔立ちなのは知っていたけれど、高校の制服になると、雰囲気が変わって見えた。
清楚な白いブラウスに、首元の焦げ茶色のリボン。
同色の膝下丈プリーツスカートは、よく見れば細かいチェック柄。
中学校の紺色のモサッとした制服とは、印象が随分変わるのだ。
それだけじゃない。
後ろで一本の太い三つ編みにしていた長い黒髪は、入学後肩上で切られてボブヘアーになった。
揃えた毛先が内巻きにカーブして、風が吹けばサラリと軽く揺れる。
女の子って、こんなに急に変わるもん?
それとも、もしかして変わる理由が、何かあったとか……?
「……寿鈴さ、他にあげる奴いないの?」
「え? 家族に持って帰っても良いけど、だいちゃんがお腹空いてるかと思って……。いらなかった?」
「いる! めちゃくちゃ空いてた!」
「良かった」
屈託なく笑みを深めた寿鈴を見て、もう少し突っ込んだ質問をするべきかと大樹は思ったが、もう少しって、どう加減するべきだ?
「でも、彼氏とかは……?」
考えが纏まる前に、言葉が口から出た。
直後にしまったと思ったのは、寿鈴の笑みがスッと消えて、表情が固くなったからだ。
「そんなのいないし、いらないもの」
『そんなの』か……。
大樹は内心がっかりしながらも、「そっか」とだけ軽く流して立ち上がる。
「じゃ、また作って余ったら俺にくれよ」
「うん。食べてくれる?」
「おう! 失敗したやつでも食うぜ!」
「失礼ね! 失敗なんかしないもん」
寿鈴が軽く顔をしかめてから、笑う。
寿鈴の笑顔が戻ったので、大樹はホッとした。
「あー、もう暑いなぁ」
公園の入口に向かって二人で歩きながら、大樹は雲のほとんど無い青空を見上げた。
まだ六月の半ばだというのに、もう日中の最高気温は真夏並みだ。
梅雨入りしたはずなのに、雨雲なんて欠片も見えない。
「今年も猛暑だって、ニュースで言ってたよ」
「猛暑じゃない夏なんて、この先あるのか?」
「ホントだよね」
寿鈴が眩しそうに目を細めた。
「そろそろ外で会うの、暑すぎるかな」
自転車の前カゴにサブバッグを放り込んだ大樹は、寿鈴の言葉に思わず振り返った。
……今の、俺と会うってことだよな?
寿鈴は自転車用のヘルメットを被ろうとしていたが、大樹と目が合って、小さく首を傾げる。
「……ねえ、寿鈴。俺達の関係って、なに?」
「え? 関係?……幼馴染」
「うん……そうね、幼馴染だね」
二人はなんとなく、へへ、と笑って、自転車の鍵を差し込んだ。
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