【サイドストーリー:第33.5話】・あとで話してやるよ(裏)

 これは、私たちが校庭に百鬼なぎりたちを発見した頃の話だ。


 王国宮廷魔術師であるデスショットが、私に勝負を挑もうとして、琴宮家に出向いて来たらしい。

 なにを思ったのか、今まで着ていた怪しいコスプレ感満載のローブは脱ぎ捨て、シンプルなジーンズにペイズリー柄のシャツでの登場だった。


 しかし当然ながら、私は家にはいない訳で……


「で? ウチの娘にケンカを売りに来たわけか」


 親父がデスショットと対峙することになった。


「ケンカとは無粋な表現ですねぇ」

「無粋だろうがなんだろうが、やることは同じだろ?」


 ジリジリとお互いの間合いをはかりながら、牽制の舌戦を続ける二人。


「私に勝てると思っているのですか?」

「むしろ負ける要素がどこにあるんだよ」

「貴方の魔力は枯渇している様で。これでは相手にならないと思いますが?」


 こればかりはデスショットの言うとおりだった。親父が地球に転移したのは20年も前の話で、今は120%ただの地球人だ。

 普通に考えれば勝ち目なんてないのに、それでも親父はデスショットを煽り続けた。


「偉そうに語ってもよぉ。お前、小娘たちに二連敗してんだろ?」

「……」


 口では勝てないと悟ったのだろうか、デスショットは魔法の詠唱を始めた。


「おっと待った。お前も異世界ヴェイオンにいたのなら、決闘契約は知っているよな?」


 決闘契約とは、決闘者がお互いの制約をかけて勝負し、負けた方は勝った方の制約に従わなければならない。

 そしてそれは、お互いの魔力によって成立し、契約不履行は存在しない。つまり、いかなる理由があろうとも、履行は強制的に行われるのだ。


「自信がなければ断ってくれていいぞ」

「言いますね、雑魚魔力のくせに……。いいでしょう制約を交わしてさし上げますよ」


 実はこの時の親父は、ほんの少しだけ魔力を持っていた。クミコやレナと同じ様に、おいもさんの近くにいて魔力の補充ができていたからだ。


 それでも火の球ファイア・ボール一発、魔法障壁マジック・バリア一枚作り出すのがやっとで、とてもじゃないけど戦えるような魔力ではない。


 それでも強気のハッタリで生粋の魔術師と戦おうとするなんて、我が父親ながらアホかと言いたくなってしまう。



 デスショットは初手から石礫ストーン・バレットの魔法カードを発動させてきた。これは、本来1秒程かかる魔法を無詠唱で撃ちだすことで、足止めと牽制をしようとしたのだろう。


 しかし完全に予測済みだった親父は、余裕をもって魔法障壁マジック・バリアで防ぐ。


「おいおい、雑な攻撃してんじゃないよ。この程度じゃあ、小娘たちに負けてもしかたないか」


「その言葉、後悔してもらいますよ」


 そう言うと、デスショットは親父の目の前には法人を出現させた。高校の屋上で私たちが苦戦した、あの召喚魔法陣だ。


 ニヤリと口元を緩める親父。必要以上に煽り、さらには『小娘』を口にしていたのは、この魔法を誘導発動させる狙いがあったらしい。


「くくく、アナタがなにを想像して食われて死ぬか楽しみですよ」

「アホぬかせ!」


 親父はその一言が終わる前に……消えた。


「む……どこに逃げたのです」


 辺りを見回すデスショット。そして……


 魔法陣が赤く光り、そこから飛び出す親父。


「なんだって⁉」


 親父は一気に間合いを詰め、足払いでデスショットを転倒させた。すぐさま馬乗りになり、左手で口を塞ぐと同時に右手に魔法で生成した剣を出現させて喉元に突き付けた。


「さあ、どうする?」


 アッサリと制圧されてしまった現実に混乱し、言葉を失うデスショット。『圧倒的な魔力差があったはずなのになぜ』とひたすら考えていた。


 親父はその考えをあざ笑うかのように、氷の槍アイス・ブランドを十数本出現させてデスショットを取り囲んだ。


 首元に突き付けられた魔法剣。そしていつでも撃ち込まれる十数本の氷の槍アイス・ブランド。彼は、口を押えている手をはずす様に要請するとともに、負けを認める合図として親父の手をぽんぽんと叩いた。


「ふう……負けました」


 そのひと言を発した瞬間、デスショットの手の甲に一瞬だけ【Restriction制約】の文字が現れて消えた。


「いったい、なにをやったのです?」

「なんもしてねぇぞ?」

「あなた自身が消えて魔法陣から現れた。それだけでおかしな現象ですよ」


 親父は肩をすくめて、『しかたねぇな』と解説を始めた。


「想像した生物を出現させるあの魔法はな……」

「ゴクリ……」

「自分を想像すりゃいいんだよ」


「あ……」


 そんな解法があったのか、と呆気に取られるデスショット。どんな生物でも召喚できるのなら、自分がその枠に入るのも当たり前の話。


「なんでそんな対処方法を知っているのですが、アナタごときが……」

「おい、その”ごとき“に負けたヤツがなに言ってんだよ」


 笑って見せる親父。そして驚きのひと言が飛び出す。


「そもそもその魔法は俺が開発したものだ」


「――はぁ⁉」


 親父は異世界にいる時、魔法体系の構築から様々な魔法開発をしていたらしい。デスショットが得意としていた魔法もその一つだったそうだ。


 魔法で作られたトンネルを通る際、勝手に魔力が付与されてしまい、昆虫や動物はその力が巨大化という形で具現化される。


 そして人間が通った場合、一時的に魔力が付与されて身体が強化される。これは、まったく想定していなかった副次的産物の効果らしい。


 親父はその効果を狙って、この魔法を使う様に誘導していたそうだ。


「めちゃくちゃな人ですね……」

「そうか? この魔法だって必要から生まれたもんだぞ?」


 このひと言に首をかしげるデスショット。生物を想像・召喚させる魔法なんて拷問でしかないのに『いったい、なにに必要だったのだろう?』と。


「なあ、想像の中にいる理想の女性っているだろ?」

「……?」

「でな、そういう存在って一生の間で出会える可能性って天文学的少数な訳だ」

「……それがどうしたのですか?」


「わからんかな~。もし想像した女性が世の中に存在していれば、この魔法を使った時に目の前に出てくるじゃないか」


「——アホですかあなたは。そんな理由で魔法を開発していたなんて!」


「アホ言うなコラ。必要は発明の母だぞ」

「理想の彼女が発明の母の時点でおかしいですって」

「そのおかしい理由で作った魔法に負けたのは誰だよ」


 ガックリとうなだれるデスショット。さすがにこれは今までにない絶望感だったのではないかと……私でも思う。


「さて、今後は俺に従ってもらうぞ」

「く……」

「デスショット、お前の制約ネームは……ドリア、今後は執事バトラードリアだ。」

「はあ? なんですかそれは」

「なんですかと言われてもなあ」


 とデスショットのシャツを指差す親父。


「ペイズリー柄ってさ、ミトコンドリアに見えねぇ?」

「まさか……」


 膝から崩れ落ちるデスショット。もとい、ドリア。


「あ、ちなみに給料は出ねえから、食い扶持は自分でなんとかしろ」

「ブラックじゃないですか……」


「さて、ついて来い。急ぐぞ」

「どこに行くのですか?」


「わかってんだろ? アカリの高校だ。……なにやらヤバそうな魔力を感じねえか?」






あとで話してやるよ(裏)         了

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