第9話・真剣白刃取りを失敗したお笑い芸人みたいなアレ

 

「タケル、これのことはあとでちゃんと話すから」

「これいうなや、ワイにはブレイズロック・シリウスガン……」


「そんなことより、みんなが逃げるまでなんとかしないと」


 この状況で女子への気遣いとか……うん、モテるわけだ。姉ちゃんは鼻が高いぞ。


 名乗りを『そんなこと』で一蹴いっしゅうされたおいもさんは『悲しいで〜』とボヤいていたけど、そんなのは心底どうでもいい。


 それよりも、私たちのうしろの方でうずくまっている男子生徒のほうが気にかかる。倉庫の爆発で飛び散った瓦礫に当ってしまったのだろうか。


「レナ、あの男子をお願い」

「ラジャったにゃ。タケル、無理するにゃよ」


「——大丈夫。僕、ちょっと強いから」


「知ってるにゃ~。ヤバかったらアカリを盾にすればいいにゃ」

「こらこら」

「わかりました!」

「返事すな!」


 男子を助けに向かうレナにまで『このオバサンもタケル君を呼び捨てにした〜』と騒ぐミーハー女子。


 17歳JKに向かってためらいもなく『オバサン』といい放つJCを見ていると、12歳結婚適齢期説が正しいのかと錯覚してしまう。


「タケル、手を貸して」

「なにをすればいいの?」

「あの男の口をふさぐか手を押さえれば、魔法は使えなくなるらしいんだ」


 キョトンとなるタケル。


「あれって本当に魔法だったんだ……」


 普通に考えればこれが当たり前の反応だった。私だって黄泉がえってなければ、魔法なんて信じなかっただろうし。


「ま、そういうことだから――」


 私が踏み出すと同時にタケルは魔術師の左側に回り込んだ。


 しかし、当然彼は自分の弱点を知っている。――ゆえに狙いはバレバレだった。魔術師は軽くバックステップそて間合いを外すと、唱えていた魔法を発動させた。


 それは火の玉を撃ちだすものではなく、対象物を拘束する魔法だった。


「うわ、ずる……」


 地面から伸びた黒いつたが足にからまり、私とタケルはその場から動けなくなってしまった。蔦はかなり丈夫で引きちぎることができず、ゆるめたり引っ張り抜いたりも不可能だった。


「なにを言っているのですか。私は魔術師ですよ、肉弾戦は避けて当然でしょう。脳筋と一緒にしないでください」


 魔術師は『今度はちゃんと焼き殺してさしあげます』と、タケルに向かって詠唱を始めた。


「おいもさん、なんとかならない?」

「残念やが、戦闘慣れしている分ヤツの方が一枚上手や。単身で乗り込んでくるだけのことはあるで」

「ちょ、相手ほめてどうすんのよ!」


「でも……僕、アカリちゃんとなら死んでもいいよ」

「こらこら、ヤンデレみたいなこというなって」


 ウルウルした目で見てくるタケル。……こんなことを言わせてしまうくらいなら、昨日いい返事をしてあげればよかったかな?


「おいもさん、マジなんとかして!」

「そう言われてもなぁ、ワイ石やし」

「お願いだから。……

「お⁉ よっしゃ、言質げんちもらったで!」


 ――おいもさんのそのひと言と同時に、なにか丸いものが私の顔をかすめ飛んでいった。


 “それ”は魔術師の手に当り詠唱を中断させると、その場にポンポンポン……と落ちて転がっていた。


「野球の球?」

「しゃーっ! 来季のエースピッチャーをなめるにゃ!」

「レナ!」


 彼女の足元にサッカーボールやバットに混じって、野球やソフトの球が散乱しているのが見える。さっき壊れたのは、どうやら体育館倉庫だったらしい。


「本当、あなたたちは邪魔ばかりしてくれますね」

「なに言うとんねん。ワイらからしたらお前の方が邪魔者やで」


「アカリ~、動くにゃよ~!」

「え、待って。怖いって」

「大丈夫にゃ、たまにしか外さないから」


 レナは魔術師に詠唱をさせないようにと、次々に球を投げた。ビュンビュンと私の脇をかすめていく剛速球。


「たまにって何回に一回なの? なん%? 当たると痛いよね、ね? いや、もう、マジでやめって、いやーーーー」


 彼女のコントロールのよさは知っているけど、それでもうしろからすっ飛んでくる球に冷や汗が止まらない。


 そんな中、魔術師は避けながら呪文を唱えるのは無理だと悟ったようだ。ポーチからなにかのカードを取りだして投げ、目の前に魔法障壁マジック・バリアを発生させた。


「くそっ、魔法カードかいな」


 おいもさん曰く、魔法カードというのは、あらかじめ魔法を封じておいた物だそうだ。封じる媒体はなんでもよいけど、持ち運びに便利なカードを使うことが多いといっていた。


 レナの球は障壁に防がれて、勢いよく跳ね返った。コンクリートの壁に当たったような感じだ。


 うっすらとした黄色の透明な壁だけど、強度はかなり高いのだろう。その向こうで魔術師はひと呼吸入れると、改めて火の玉の詠唱を始めた。


「嬢ちゃん、そのまま片膝ついて、腕を真っすぐに上げるんや」

「は?」

「はよせい。指を伸ばして手のひらは内側に向けや!」

「お、おう」


 ……って、なんだよこの恰好は。真剣白刃取りを失敗したお笑い芸人みたいじゃないか。


「気合い入れとけよ。気ぃ抜いてたら肩外れるで」

「ちょ、なにそれ怖いって。なにすんの、ねえ……」


「レナ子、嬢ちゃんの手の間に球を投げるんや。できるか?」

「なんかわからないけど面白そうにゃ」

「ちょっ、面白くなくていいから、なにやるか教えてよ!」


 レナはスーっと息を吸うと、狙いすまして腕を回転させた。


「説明しろってバカいもーー!」

「来るで、動くなよ、気合や!」


 レナのアンダースローから繰りだされた球は途中でホップし、飛行機が滑走路から離陸するかのように上昇カーブを描いて飛んだ。


 そして私の手のあいだを通った瞬間——


 重くし掛かるような『ドンッ!!!』という音とともに爆発し、物凄い勢いで球が超加速した。


っ!!」


 レナが投げたは、爆発音を響かせて 魔法障壁マジック・バリアを破壊、その衝撃で辺りいちめん煙だらけになり、なにも見えなくなってしまった。


「嬢ちゃんの手のあいだにワイの魔力を張ったんや。レナ子の球が通った時に魔力コーティングされて、威力もスピードもケタ違いにパワーアップしたんやで」


 確かに凄い衝撃だった。手のあいだで爆発が起きて、頭をガンッと殴られたような感じがしたんだけど……


「ま、レールガンみたいなもんや。いまのやと、対戦車ミサイル並の威力やろな」

「アホか、そんなこと頭の上でやらすな。髪先がチリチリだわ! つか、死ぬだろ普通」

「嬢ちゃんは大丈夫やで。ワイがいれば何度でも黄泉がえるからな!」


 ……そういう問題じゃないってばぁ。








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