第5話・異世界人襲来
名前とか魔術師とか、彼の口上はどうでもいいんだけど、その中でひとつだけ気になった言葉があった。
「おいもさんって逃亡者だったの?」
「ああ、そうや。こいつら悪人から逃れるために仕方なく、な」
本当に悪人かどうかなんてわからないけど、私たちを睨みながら杖の先に集まった炎を向けてくるのは、間違いなく友好的な相手じゃない。
「もしかして、あれが飛んでくる?」
「うむ。逃げた方がええで」
「ここ屋上なんだけど……」
「まあ、とりあえず、や」
杖の炎がひときわ大きくなったその瞬間――
「みんな走れ!」
直後飛んでくる複数の火の玉。ドカンッドカンッとひとつひとつが校舎を揺らし、黒く焦げたすり鉢状の穴を量産していた。
「マジか……」
「こんなの当たったら死ぬにゃ!」
この場から逃げようとしても、校舎に入るドアは男のうしろにある。さらには火の玉攻撃に誘導されてどんどん離れ、屋上のすみっこに追い詰められてしまった。
「魔法使いに対しては、超有効な手があるで」
私が必死で逃げる方法を考えていると、おいもさんが『攻略法や』と口を開いた。
「魔法ってのはな、術式の構築と同時に、手で図形を描く必要があるんや」
「つまり、手を拘束するか口をふさげば魔法は使えなくなるってこと?」
「そうやで」
情けなくも『はあ、それで?』と思っただけの私と違い、クミコは言葉の本質を読み取っていた。
「それで、どうやって近づくの? ワープの魔法とか?」
「あらへん。ゆうたやろ『手で図形を描く必要がある』と。今のワイは無詠唱で発動できる程度のものしか使えへんで」
「……こいつ、使えねぇ」
「使えねぇいうなギャル子!」
「うるせぇ、ごんぶと!」
攻略法がわかっても手段がないという冗談みたいな状況。魔術師はニヤリと勝ち誇り、余裕をみせてきた。
「意外と素早いのですね。それではこれでいかがでしょう」
魔術師が指先をちょちょいと動かすと、私たちそれぞれの目の前に魔法陣が現れた。
「あなたたちが想像した生物が巨大召喚されて襲いかかる、最高の拷問魔法ですよ」
「あ……なんか昔の映画であったな」
と、何気に古い映画好きのクミコ。
「そうなの?」
「マシュマロを思い浮かべたら、巨大なマシュマロお化けがでてくるやつ」
「あー、あったあった」
「そんなこと言ったらマシュマロお化け想像しちゃうにゃ」
「いや、大丈夫や。あいつは『生物』言うてたからな。ええか、頭の中を食い物でいっぱいにするんや、念仏みたいに唱えるんや。それであの魔法は破れるで!」
食べ物食べ物、と。まずはとりあえず定番の……
「唐揚げ〜、竜田揚げ〜」
「カヌレ〜、シナモンチュロス〜」
「かあちゃんの肉じゃが~」
「二八そば〜、吉田のうどん〜」
「マリトッツォ〜、台湾カステラ〜」
「かあちゃんのブリ大根〜って、あ……ごめんにゃ……」
……レナ?
「台所にある食べ物想像してたら、すみっこを走る黒いアレが見えたにゃ」
ちょっとそれって、もしかして……
ゴゴゴゴゴ……とレナの前にある魔法陣が赤く光り、大きく黒い塊が現れる。
3メートルはあるだろうか、キラキラした太陽に照らされてテカテカと黒光りしている。
「うにゃー!」
「ヤバいって、これヤバいって!!」
ジジジ……と羽を鳴らしながら、私たちの方を見る黒く巨大なアレ。油ギッシュなテカりとフラフラと動く触角が、ヘイトをマックスまで引き上げる。
「どどど、どーすんのコレ。クミなんとかして〜」
「無理。
「無理無理無理。こいつだけは無理にゃ」
「じゃあなんで想像すんの!」
「仕方ないにゃ、古い家なんだから」
カサカサ……カサカサカサ……
「動いた!」
「ヤダ、こっちくんな!」
「ぎゃーーーーーー」
3メートルもの巨大なアレにとって、私たちはエサなのだろう。黒いアレは見定めるように一瞬足を止めると、直後、ものすごい勢いで突っ込んできた。
「レナのばかぁ〜」
「ごめんにゃ〜」
――その時だ。視界の隅で二つ目の魔法陣が光って見えた。あれはクミコの正面にあったやつだ。
「今度はなにがでてくんのよ〜」
しかし、二つ目のそれを確認する間もなく、黒いアレは私たちを捕食しようと襲ってきた――
「……」
「……?」
目を開けると、ほんの数センチ先に黒いアレの足があった。しかし動く気配がない。
それは、クミコの想像で召喚された巨大な蜘蛛が、糸を吐いてアレの動きを完全に封じていたからだった。
「蜘蛛は益虫って言うからね」
と、サムズアップするクミコ。
「さすがクミ、やるじゃん」
巨大蜘蛛はせっせせっせとアレをグルグル巻きにしていく。……これが食物連鎖か。
「助かったにゃ〜」
「いや、まだわからんで?」
「え〜、アレを退治してくれてんだよ?」
「なに言うとんのや。巻き終わったら蜘蛛が帰る思うとんのか?」
それはつまり……?
「嬢ちゃんらもグルグル巻きにして保存食やで。そうなったら最悪や。蜘蛛は獲物に毒を注入して体を溶かしてな、最後はちゅ〜ちゅ〜とタピオカミルクティーのように……」
「ぎゃーーーーー」
「くくく……あなたたちが捕食されたら、蜘蛛ともども燃やしてさし上げましょう」
そして石だけが残る、か。ムカつくけど理にかなってる。
「この魔法は、今のあなたたちみたいに複数相手に発動するのが楽しいのですよ。ひとつ目を倒すために二つ目から更に大きなモノを呼び出し、そして三つ目が生き残ったあと、想像者は絶望の中で捕食されるのです」
「悪趣味だな……」
巨大蜘蛛は3メートルのアレをグルグル巻きにし終わると、私たちの方に向き直った。先に獲物の動きを止めておこうというのだろう。
考えろ、こいつに勝てる虫ってなんだ? 確実に勝てて、そのうえ私たちに害がない虫。下手なものを思い浮かべると同じことの繰り返しになってしまう。
「う〜ん、虫……なんか虫……」
ダメだ、なにも思い浮かばない……そもそも虫嫌いだし、ヤツらの力関係なんて全くわからないのだから。
スススススと、足音一つさせずに距離を詰めてくる巨大蜘蛛。目の前に来ると、二階建ての家くらいの大きさがあった。
「ここまでですか。あっけなかったですね」
そして蜘蛛が糸を吐きだそうとしたその瞬間、私の前にあった魔法陣が光りだした。召喚されたその超巨大な生物は、太陽の光を遮って辺り一面に影を落とす。
「なん……ですか、これは」
「え、虫じゃなくてもいいのか……」
男が呆気に取られると同時に、巨大蜘蛛を片足でグシャリと潰す超巨大な生物。
「うわ、グロ……」
「なにこれ?」
「上が見えないにゃ」
クミコやレナが驚くのも無理はない。私だってまさか栗色のモフモフが召喚できるなんて思わなかったのだから。
――死ぬかもって時、何度も何度も私を助けてくれたあの子が頭をよぎったんだ。
「あまぐり〜♡」
「ナイスやで〜」
「きゅきゅ〜〜〜ん!」
超巨大なモフモフ子犬は、その萌え声を街中に響かせながら、ボール遊びのごとく魔術師をペチッと弾き飛ばした。一瞬にして視界から消え去るデスショットなんたら。
「この犬ってもしかして?」
「そう、昨日助けた子犬」
「いや子犬って……超でかいにゃ」
男が遠くに飛ばされたからだろうか、魔法陣が消え、同時にあまぐりはポンッと煙に包まれてもとの大きさに戻った。
「なにこの殺人的な可愛さは」
「ああ、この笑顔が眩しいにゃ……」
コロコロと甘えてくるあまぐりには、クミコもレナもイチコロだった。
そして、この戦いのせいで午後の授業をブッチしてしまった私たちは、職員室に呼びだされてキッチリと油を絞られたのであった。
――幸か不幸かでいったら、モフモフは最高です。
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