欲レジットカードで買ったものは、もういらない
ちびまるフォイ
欲は意志の力
「そんな! それじゃ母はずっと目を覚まさないんですか!?」
「ええ、我々も手を尽くしたんですが……」
寝たきりの母は大きな大学病院へと移動した。
最新鋭の医療器具による治療を、と思ったものの
あまりの費用の高さに今までは尻込みしていた。
しかしもはやそんなことも言ってられない。
「最新の治療をほどこせば、母も寝たきりから目を覚ますんですね!」
「保証はできませんが確率はぐんとあがるかと」
「待っててください!!」
病院を出るなり金貸しへと飛び込んだ。
「あの! お金を貸してください!!
母の治療のために大金が必要なんです」
「うーーん……ちょっと難しいですね」
「なんでですか!」
「だってあなた、まだ20歳未満でしょう?」
「う゛……」
「20歳未満にお金を貸すことはできないんです」
「でも母が! 寝たきりから目を覚まさないんです!
身よりも自分しかいない! あと1年。
20歳になるのを待っていたら、手遅れになるかも!」
「これも決まりですからねぇ……。
ただ、お金は貸せないですが、これならお渡しできます」
トレーに入って出てきたのは1枚のクレジットカード。
表面にはデカデカと「欲」の文字が書かれている。
「これは?」
「
あなたの欲を換金してくれるものです」
「ぜんぜん意味がわからないんですが」
「試しに今ほしいものを買ってみてください」
「そうだなぁ。新作のスマホが欲しいかも」
欲レジットカードで精算すると、あっさり手に入った。
貯金もなにも一切引かれていない。
「いかがですか? あなたが欲しがっていたスマホですよ」
「そうなんだ……。いや、今となってはって感じです。
なんでこんなのほしかったんだろう」
「それが欲レジットカードです。
使えばお金の代わりにあなたの欲を吸い取るんです」
「どんなものでも手に入るんですか?」
「ええもちろん。ペットだって彼女だって。
ただし、商品は手に入りますが
受け取るときには欲がなくなるんでいらなくなりますがね」
「いや十分です。どうせ自分のためにお金を使うつもりないんで」
「ただしひとつだけ注意があります。
欲レジットカードの有効期限は20年。
20年後には購入した商品は消失もしくは返品となります」
「消失したらどうなるんです?」
「欲は戻ってきます」
「そうですか。でも自分には関係ないことですね」
「説明は以上です。素敵なショッピングライフを!」
もちろんショッピングに使うつもりはなかった。
すべては寝たきりの母に十分な治療をするため。
いくら自分の欲が失われようとも気にならなかった。
病院に戻るとためらわずに欲レジットカードを使いまくった。
最新の医療機器。
世界の優秀な名医。
治療を促進させる完璧な個室。
あらゆる設備を自分の欲をもって買い揃えた。
それでも母は目を覚まさなかった。
「どういうことですか!
これだけ手厚いサポートをやっているのに
いまだに母が寝たきりだなんておかしい!!」
「そう言われても……我々としては手を尽くしています」
「それが足りてないって言ってるんです!!」
「可能性としてあるのは本人の意思。
生きたいという欲求が薄いのかもしれません。
いつ目を覚ましてもおかしくないはずなんですが……」
「自分の治療がダメダメなのに、
その言い訳に母を使わないでください!!」
母は寝たきりのままだった。
昔からどこか浮世離れしているというか、
あまり自分の好きなことや欲を前に出す人ではなかった。
その性格がここに来て災いするなんて。
自分にできることといえば、
そんな我がない母でも起きてくれるように
せいぜい耳元で語りかけ続けるだけだった。
今となってはあらゆる欲を失ってしまった。
食事はただエネルギーを補充するための作業。
睡眠も自分の体力を保つためのルーティン。
異性に興味もない。
他人に認められたいだとか。
あれが欲しい、これが欲しいとか。
こうなりたい、ああなりたいとか。
そういったすべての欲はもうない。
今はただ母親の復活だけが、唯一残された欲求だった。
抜け殻になってしまっていた自分に、
一本の電話がかかってきた。
『お母様の脳波に変化が見られます!
目を覚ますかもしれません!!』
その一報で病院へ向かった。
もちろんまだ母親は寝たきりのまま。
「先生! 母は!?」
「まだ寝たままです。ですが脳波に動きが見られます。
半覚醒状態といってもいいでしょう。
あとは本人が起きたいという欲。意思の力です。
どうか声をかけ続けてください」
「はい!!」
やっと見えてきた希望。
これまでの治療はけして無駄じゃなかった。
日が暮れるまで母に声をかけ続けてから病院をあとにする。
すると、外には黒い服の男が待ち構えていた。
「〇〇さんですね?」
「ええ、なんですかあなたは」
「欲レジットカードの返済に伺いました」
「はあ!? バカな! まだ1年しか経ってないですよ!?」
「期限です。間違いありません」
「ふざけんな! やっと母の体調が良くなったんだ!
もうすぐ目を覚ますんだ!!
ここで返品されたら、せっかくの治療が無駄になる!!」
「延長は認められません」
「だったら逃げるまでだ!!
ここへ来て諦めてたまるか!!
もうこれ以外の欲なんてないんだ!!!」
欲レジットカードを持ったまま男を振り切った。
なにが返済期限だ。
20年はあると言ったじゃないか。
まだ1年しか経過していない。
なにかの間違いだ。
間違いは時間により気づかれると思う。
でもここまでやってきた治療を取り上げられるのは致命的。
なんとしても逃げ切ってやる。
追いかける男との距離をぐんぐん離す。
広がる距離に男も観念したようで確保を諦めた。
「ま、待ってください!!」
後ろから叫ぶ声が聞こえた。
もちろん待ってやるつもりなどない。
「あなたの欲レジットカードじゃないんです!!」
「……は?」
その言葉に足が止まった。
じゃあ誰の欲レジットカードの返済なんだ。
そう思ったとき、自分の手や足が砂のように消えているのがわかった。
・
・
・
数時間後、病院で母は目を覚ました。
「お母様、目が覚めたんですね!!
息子さんの努力がついにみのりました!」
医者はついに寝たきりから目覚めた母に大喜び。
それなのに母親ときたら喜ぶどころか泣いていた。
「どうしたんですか? どこか異常が?
どこか痛みますか? すぐに治療を?」
「いえ……違うんです……」
「ならどうして泣いてるんです?」
「息子は……私のために頑張ってくれたんですよね……?」
「ええ、あなたのために本当に努力しました。
でも最後にはあなたが生きたいという欲が、
この世界に引き戻してくれたんですよ」
医者がそう言うとまた母親はせきを切ったように泣き出す。
「ああ! 私が! 私が自分の欲を優先したために!!」
「何を言ってるんですか。
あなたが起きてくれることをみんな望んでいましたよ!」
「私が、私が20年前に息子がほしいなんて望んだから!!」
「はあ?」
母親の話がよくわからない医者だったが、
とりあえずこの吉報を伝えたほうがいいと息子に電話した。
もちろんもう二度とつながることはなかった。
「私が欲なんか取り戻さなかったら、息子はまだ生きられたのに!!」
息子の20歳の誕生日。
欲レジットカードにより息子は返済され、
母の失った欲求へと還元された。
欲レジットカードで買ったものは、もういらない ちびまるフォイ @firestorage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます