氷
ヘルメット越しに風を切る音が聞こえる。
運転する山田は、表情は見えないのに何だか得意げだ。
流れる景色を目で追うけど、車や電車の窓から覗いてる時よりも早く消えていく気がする。
「大学はどう?」
インカム越し、山田の声が聞こえる。
その声音はまるで親のようで、私のことを心配してくれているのだと伝わってくる。
一言「平気だよ」と言うと山田は「そうか」とだけ応えた。それ以降、インカムからはノイズしか聞こえてこない。
信号待ち。ふと左を見やると、小さな看板が目に入った。
何の変哲もない普通の喫茶店。コーヒー1杯500円の幟がハラハラとはためいている。
「あそこ、寄りたいな」
山田に見えるように指さすと、彼のヘルメットは小さく縦に揺れた。
信号が青に変わると、望み通り喫茶店の前につけてくれる。
私が降りたことを確認すると「停めれるとこ探してくる」と言ってそのまま走り出す。
山田の姿が見えるうちに、私はその喫茶店「うみ」のドアを開けた。
カラカラとドアベルが響く。店内には他の客が2人。特に何をするでもなく、ただそこに居た。
店員にあとから1人増えることを伝え、入り口から一番遠いテーブル席に座る。
すぐに山田も来るだろうと、適当にアイスコーヒーを2つ頼んだ。
スマホを取り出し、kindleのアプリを開く。途中だった小説を読み進める。
不思議な世界のお話。少女が不思議な妖精に導かれて旅をする。
途中で出会う大きな狼が私のお気に入り。
そのまま読み進めていると、いつの間にか正面に山田が座っていることに気づいた。頼んだコーヒーも置かれている。
「……いつのまに」
山田は仕方なさそうに息を吐くと、既にほとんど残っていないコーヒーのグラスを降る。カラカラと溶けた氷の音がした。
「あまりにも夢中だったから、声かけそびれた」
そう言って残った氷をガリガリと咀嚼し始めた。
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