準急電車

 肩に重みを感じた。

 となりに座って本を読んでいたはずなのに、読みかけのページを開いたまま寝てしまったらしい。

 起こさないようにそっと手から本を取り上げる。表紙の裏側に挟み込んでいたラベンダーの模様の栞を取り出し、開かれていたページに挟み込む。そういえば、君はどんな本を読んでいたのだろうか。

 えんじ色の革細工のブックカバーを外す。数年前に映画化されたラブストーリー。余命わずかな女の子と偶然知り合った男の子が主人公。いかにも君が好きそうな題材だ。

 ブックカバーを戻し、そっと僕の鞄にしまう。一日中デートしてたし、疲れ果てたのだろう。起こさずにそのまま肩を貸してあげる。


「次は〜、——」


 車内のスピーカーから、鼻声の車掌が停車駅を知らせる。降りる駅はまだ先だ。少し体勢を変えようとするが、君を起こしてしまいそうで思いとどまる。

 どうしようかと悩みつつ君を見ると、開いた口から涎が垂れかけていた。そんなに疲れていたとは。

 シャツの袖口を握り込み、口元を拭う。起きてしまわないかヒヤヒヤする。なんだかゲームのようだ。


「……んっ」


 うなされる様に声を上げる君を、起こしてしまったのかと覗き込む。けれど杞憂だったか、僕が拭いた口元を自分の拳で擦っている。

 不意にガタンと電車が跳ねた。飛び起き、僕に「すみません」と謝る君。気にしなくていいよと、軽く手をあげる。


「まもなく〜、——」


 気づけば君の最寄り駅。アナウンスを聞いた君が目を開く。まだ少し意識がハッキリしてないらしい。

 電車がホームに到着し、ドアが開く。けれど周囲を見回しながら、君は降りようとしない。必死に何かを探しているような。


「すみません、赤いブックカバーの本落ちてなかったですか?」


 尋ねる君に、僕は知らないと嘘を吐く。そういえば僕の鞄の中にしまったんだった。

 焦りながら電車を降り、ホームで自らの鞄を漁る君の姿が窓に映る。

 列車のドアが閉まり、ゆっくりと次の駅へと動き出す。


 君が居なくなった車内で、僕は本の背表紙を優しく撫でた。

 思い出した。このえんじ色のブックカバーは、今年の誕生日に彼氏から貰って喜んでいたね。贈り主は癪だけど、君が大切に使っていたのだから僕もそうしよう。

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