第25話 君がいなくても過ぎる日々 その三



 俺達は、カノミーの幼なじみのエミちゃんが手伝っている、エミちゃんのお母さん経営の喫茶店“エミちゃんママの店”に来ていた。

 何の捻りもない名前の喫茶店は、素直な味わいの紅茶と手作りスコーンが売りだった。

 ちょっと塩味の効いた、ボソボソ系のスコーンに甘いジャムを塗り、クロテッドクリームを重ねてミルクティで流し込む、背徳の三重奏、口の中に甘味、塩味、微かな苦味の三味一体。

 思わず、アーメンと呟いてしまう。

 御昇天!

 天使の様なエミちゃんは、カノミーと真逆の癒し系。フワァフッワのナチュラルパーマのセミロング。緩めのブラウス、ベージュのフレアースカートにエプロン着けてニッコリ微笑む。

「お口に、合います?」

「「「合うも合わないも、合わせて見せます!天使様」」」

「馬鹿ども!ちょーし、くれてんじゃなわよ不味い訳ないんだから、合わなきゃあんたが馬鹿舌なだけ!」

「「「イエッサー、マム!」」」



「ところでだけど、カノミーにも、一応お礼言っとく。あの子に、解って貰えたみたい俺の決めた事」

「フッ、決意表明なんてしなくたって、あんたみたいな愚図、気にする女なんていやしないよ」

「「カノミー、言い過ぎだって!」」

「そうだなぁ、あの娘に後ろ暗い思いさせたく無いなんて、俺の勝手な思い込みか!」

「あんたの偽善的行為、控えた方がいいわよ」

「フッヘッ、手厳しいな」

「「言い過ぎだって、カノミー!」」

「気に障ったらごめんなさい、でも、あんたも怒る時は怒らなきゃ舐められるばっかだよ!」

「うん、分かった、気ぃ付けるわ!」

「カノミー!貴女、また、やってるのね弱い者いじめ!」

「えっ、違う、違うよ、弱い者じゃ無いよ、こいつ、馬鹿だけど!エミちゃん、誤解させる様な事、言っちゃダメだよ。馬鹿は、付け上がるから!」

「エミちゃん、ありがとう!」

「「「君は見た目通りの、天使様だ!」」」

「このは?誰?」

「「「ペッタン!シリデカ女王様!」」」

「ほら、ねっ!っても、っても、湧いて来る!」



 9月の最終土曜日、私はマー君からの連絡を待っていた。

 19時丁度に測った様に、呼出音!

「ガッコ?拓磨だ、初めての報告だね!端的に言えば順調さ」

「それだけで、済ますつもり?挨拶もしないで!」

「いけない?意見の、相違だなぁ。君は、何かあるの僕に話したいこと。但し、相談は無しでお願いするよ!無駄な時間は、僕には無いから」

「態度!可愛い女の子に、かけて来た電話じゃない!」

「ガッコも言う様になったね!僕のことは、吹っ切れたみたいだね。良いことだ、ややもすると、僕の方が未練がましいかも?」

「マー君が、私に未練?」

「あぁ、僕が今手にしているもの全部放り出してもおかしく無いぐらいには魅力的だよ、ガッコはね!」

「でも、しないでしょう!そんなこと、今更されたらキレちゃうよ!」

「キレたガッコも見てみたいかな?冗談はこれぐらいにして、僕も夏休み明けの模試じゃあ初めて学年トップになったんだ!それぐらい、順調って事さ。まぁ、内申点に関わらないテストって言うこともあるだろうけど」

「それでも、凄いよ、おめでとう!私達を捨て去った甲斐があったって事かしら?」

「酷い、言い方だね、まぁ、言われても仕方無い、自覚はある。でも、僕があれを平気でやった訳じゃ無いのは、解るよね?」

「お門違いね、私達がそれを理解してあげる必要あるのかしら?」

「フッ、いつぞやの仇、討たれちゃったな、僕は加害者、君と匠は被害者だ。それは、どおしたって変えようが無い。でも、それで僕が手にしたのは板チョコを包む銀紙だけだぜ」

「それを、私に言うの!馬鹿にしてるの?」

「うふふ、勿論違うよ君は何時でも魅力的で可愛い。僕は、一生自慢出来る宝物を貰ったのさ。でもね、その価値が分かるのは僕だけなんだ。それが、また、自慢なのさ!」

「じゃあ、何で銀紙なの?」

「それは、重さの話さ重量の話、心のね。僕の宝物は、銀紙みたいに軽いんだ!僕にしか分からない、だから価値があるんだ!僕以外には、何の価値も無い銀紙さ、この世にたった一つのネ」

「何か、胡麻化されたみたい」

「銀紙みたいに価値が無い、銀紙だけど宝物!どちらも、真実なのさ。でも、所詮は銀紙さ!分からないなら、気にしない事さ」「それが、分かったところで、幸せには、なれないんだから」

「やっぱり、胡麻化しだ!」

「バレたか!」



 ふっと、気が緩む瞬間、拓磨と口づけるガッコの姿が脳裏を過ぎる。

 何の脈略も無く、今頃二人はベッドの中で俺の事を笑いながら抱き合っているのか?

 そんな、思いに囚われてしまう。

 何て酷い魔法に、掛かってしまつたのか!

 俺は、一度許したガッコのことを自ら汚してしまおうとする欲望に抗うことに疲れてしまう。

 何時になったら、忘れることが出来るのか?

 否、忘れる事など出来ようか?

 俺は、何時でも逃げるばっかりだ!

 怒る事さえまともに出来ない。

 とことん迄、自分の弱さ、汚さ、惨めさを見つめ続けて、耐えられない........分かっているんだ許すのは、ガッコじゃ無くて自分なんだと!

 どうやったら、俺は自分を許せるのだろうか?

 仕方なしに、俺はノートにガッコの似顔を描き始める、少しも似ることのない下手くそな落書きを。

 幾許かの集中の後、俺は疲れ果てて眠るのだった。

 何の解決も無く、希望すら失われた明日を只生きる為に。


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