第89話 まさかのあしぶみ



「……解せない」


 再びカフェまでやってきていた私は、今度こそ注文したしっとり系のチーズケーキを食べながら、小声でそう呟いた。


 本当なら、デラキナのところで十五時前まで調合を教わり、それから直でエリーナとの約束に向かうつもりだったのだ。

 しかし、荒基液での調合で精一杯だった私に対してデラキナが「この後HP回復効果とMP回復効果を持つポーションの調合をしてもらおうと思っていたのだけど……もう少し、筋力や体力を鍛えてからにしましょうか」なんて言うもので、それに反論できる材料を持ち合わせていなかった私は早々にデラキナの家を追い出されてしまったのだ。


 そして今は、カフェでふて腐りながら、改めてステータスが1のままということのヤバさを実感している。

 そんな私に、紗音はやれやれと言った感じで声をかけてきた。


『まー、それはそうなるでしょー。STR上げてくの?』

「無理。種族補正が重すぎる」

『VITは?』

「同様」

『転職……』

「予定なし」

『……詰み?』

「……」


 図鑑ボーナスがある。なんて、思っても口には出せなかった。

 おそらくだが、図鑑ボーナスはないよりはマシといったくらいのごくわずかな効果だろう。それでも私はそれに縋るしかないわけだが、改めて言葉にしてしまうのには少しばかり勇気が要る。


 ……なんて思っていた時、ふとあることを思い出した。


「そういえば、ジョブ補正なんていうのもあったっけ」


 それは、ステータスの詳細を表示させたときに出てくる式の、真ん中の数字だ。

 騎乗ペットやテイムモンスターには存在せず、プレイヤーにのみある補正の値。今はまだジョブに就いてないので全て0だが、そこでプラスがもらえれば……いや、普通に固定値分のマイナスで1のままな気がしてきた。


『掲示板じゃジョブの解禁は30レベなんじゃないかーって言われてるけど、幸姫は今いくつなの?』

「27。30で何かしたの機能は解放されると思ってたけど……それがジョブなの?」

『ジョブ関連のNPCの発言的にそうって言われてるけど……幸姫レベル高くない?掲示板の人たちってもしかしてそこまで最前線じゃないのかな』

「うーん……」


 改めて確認してみると、エリーナのレベルが19で、メノのレベルが20だった。

 エリーナがどれくらいプレイしているのかは知らないが、少なくともメノはほとんどずっとプレイしていて、今はレベル上げよりも他のことを優先しているとは言っていたが、それでもまだ20ということは……


「うん。私がおかしいんだと思う」

『幸姫、そんなやってないって言ってなかったっけ?』

「んー……まあ」


 散歩のときに軽く話したのは、食事や睡眠などの生活時間を削ってまでやってはいないという話だ。

 それに伴う家事やだらだらする時間ももちろん十分に取っているが、逆に言えばそれ以外の時間はずっとやっている。


 とはいえ、今回の論点的に大事なのはそこではないので、改めてそこら辺を説明をする必要もないだろう。


「私がおかしいのは、称号だから。さっきも話題に出たけど」

『あー。なんか一緒に経験値ももらえるんだっけ。そんなにもらえるの?』

「うん。ていうか、私はほとんど称号でしかレベル上がってないから」

『へー……じゃあ、30レベはまだ遠そう?』

「どうだろ。また珍しそうな称号をゲットできればすぐ上がりそうだけど」


 そう簡単に話が進んでくれればいいが、つまり最悪の場合はしばらくここで足踏みという可能性もあるということだ。

 というか、30レベになってジョブに就けたとして、STRやVITが上がる保証もないという話だった。結局は、地道に図鑑を埋めていくのがいいのかな。


 なんて結論が出そうになったところで、紗音が話題を変える。


『私も今のうちにビルドとか考えておかないとかなー』

「ビルド?」

『どういう風にキャラを育成しようかなーって話!幸姫と一緒にプレイするんだし、幸姫のキャラと相性良い感じにしたいよねー』

「好きにやるのでいいんじゃない?」

『それはそうだけど!どうせ幸姫とやるんだし、ある程度は合わせた方が良くなーい?』

「……そうなの?」


 そもそも、このゲームにおいての合わせるというのがよくわからない。

 これまでのことを振り返ってみても……いや、ほとんど狩りしかしてきてないから、これまでのことは参考にならないのかな。


 そんなことをふわふわと考えていた私に、紗音は呆れた視線を送ってきた。


『幸姫、ボス狩りとか行ってる?掲示板の人たちはそこそこ挑戦してるみたいだけど』

「ボス……うん。一人でだけど」

『……そっか。それでチーターとか言われてるんだった』


 話の持って行き方を私に捻じ曲げられて、紗音が言葉を詰まらせる。


『……その話も気になるけど、ボス戦とかPvPとかだと味方との相性とか連携が大事になってくるの!っていうか、そこがMMOの醍醐味なんだからね?』

「まあ、そのイメージはあるけど」


 MMOというものが、仲間と役割を分担して一緒に強敵に挑む───みたいなイメージなのは、ゲームに疎い私でも持っているものだ。

 実際にやってみた感じだと、むしろ異世界での生活みたいな感じだけど。特に今日とか。


『例えばさ、私も幸姫も耐久力ばっかり鍛えてたら、相手を倒せないじゃん?逆に二人とも攻撃力ばっか鍛えてても、相手の攻撃を凌げなくなるわけでー』

「んー、まあ、それはわかってるんだけど」

『じゃあなんで?』

「なんていうか……二人とも、基本的に一人でこなせればよくない?ていうか、多分私はそういう分担に向いてないと思う」


 紗音が言いたいのは、例えば耐久力を鍛えた私が防御役に徹して相手の攻撃を凌ぎ、その間に攻撃力を鍛えた紗音が相手を攻撃するーみたいな話なのだろう。

 だが、私のステータスを考えると、その一般論が成り立たなくなる。


『向いてないって?』

「いやー……私のステータスって、ほとんどLUCだから」

『え……高いとは言ってたけど、ほとんどって……』

「ちなみに、STRは1です。ついでにVITとAGIも」


 低いというニュアンスの話なら、先ほども、なんなら散歩の時なんかにも少しはした。

 だが、あえて具体的な数値には触れずに来たところを改めて伝えると、紗音はソファから飛び上がる様にして驚いた。


『1!?え、初期値で……えっ、』

「1」

『いや……え、三つ……三つとも?』

「うん。最初はLUC以外1だったよ」

『……掲示板じゃ、初期値で1がある種族は地雷だって言われてるけど』

「地雷?」

『選ぶなってこと』


 まあ、気持ちはわかる。マイナス補正苦しいし。

 でも、ユニークだったし……選ばない?


『LUC以外1って……幸姫、ステータス……大丈夫なの?』

「まあ、なんとかやってきてるけど。あと、なんかもらえるステータスポイントがちょっと多いし」

『え、そうなんだ。それなら……って、でもそれほとんどLUCに振ってるんだよね?』

「うん」


 紗音が絶句する。

 LUCって、そんなに要らない子扱いなのかな。


『……まあ、そこは幸姫の好きにやればいいと思うけど』

「うん。だから、紗音も好きにやればいいと思う」

『私の好きは、幸姫だけど?』

「……」

『まあ、冗談はともかく』

「冗談だったんだ」

『いや、本気だけど……幸姫を困らせたいわけでもないから』

「あー、うん」


 これ、面倒臭い時の紗音だ。

 ちょっと突っぱねすぎたかな。別に紗音に合わせてもらうのが嫌なわけじゃないし、さっさと謝ってしまおう。


「ごめんね。あとでチューしてあげるから」

『……許す』

「なんて冗談はともかく」

『許さん』

「嘘嘘。というか、どうすれば私に合うキャラになるのか、一緒に考える?」

『うん』


 全く、可愛いやつめ。



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