第76話 たいりょくが、たりません



 やがて素材が固まってきたところで、素材を再び炉の中から取り出して、今度は金床に置く。

 そして、素材を力いっぱい金槌で叩きつけると、表面の熱で赤みを帯びた部分が破片となって飛び散るような演出が表示された。


「わっ」


 思わず、目をつぶって防御姿勢を取ってしまう。

 おじさんはそんな私を見て、呆れたように言った。


「そいつは、ただの演出だ。実際には、何も飛んではいない」

「う……それは、わかるんですけど」


 現実を知っているが故に、そんp飛沫に対する恐怖心がぬぐえない……というか、ぬぐっていいものではない気がする。

 尤も、この世界で生きていて、その飛沫に何の危険もないことが当たり前のおじさんにとっては理解不能なことというのも理解できるので、反論をしたいわけでもないのだが。


「それと、もう少し力を入れろ。それでは、叩く効果が薄い」

「力……いっぱい入れてるんですけど」

「それは、わかっている。お前は、非力なのだろう」

「うっ……」


 面と言われると、何も言うことができない。

 実際にSTRが1なので、この世界では最も非力な人間のうちの一人だろう。言葉通りの意味で。


「だが、力には入れ方というものがある。もっと、力の伝わる叩き方をしろ」


 そう言いながら、私の腰や腕を触って動かしながら、力の入れ方というのを説明してくれるおじさん。

 なんというか、その手はごつごつしていてちょっと暖かかった。


「えいっ!」


 おじさんに言われた通りに、金槌を振ってみる。

 カチンという音が響いてからパッとおじさんの表情を確認すると、おじさんは眉をひそめて髭をもじゃりながらこちらのことを見ていた。


「……マシには、なったか」

「えへへ……」


 ギリギリ合格といったところのようだ。

 私としても、今の一振りは一回目とは明らかに手ごたえが違う感じがした。

 身体を動かすのはそこまで好きではないのだが、上達を実感するのは楽しいものだ。


「よっ!……ほっ!」


 その感触を忘れないように、何度も脳内でイメージしながら素材を打ち込む。

 腕だけではなく全身を使って、身体の勢いを金槌の面一点に込めて打つというイメージだ。

 上半身の力を上手く伝えるのはもちろん、下半身で上半身をしっかり支えておくのも大事なようで、素材を打ち込むのは思ったよりもはるかに体力を使う作業だった。


「ふっ……ふぅ……」

「……もう、息が切れてきたのか」

「……はい」


 ……VITも1ですみません。


 製作系のスキルでも、STRやVITというのは大事なステータスなのだということを改めて実感する。

 筋力や体力なんて、そりゃ何をするにも重要だよね。

 やっぱり少しくらい上げた方が……いや、でも固定値分のマイナスが重すぎて……


 なんて思っていると、ふと視界の真ん中にシステムメッセージが表示された。


 ≪【運営より】 ゆきひめさま宛にメッセージを送らせて頂きました。ご確認頂き、返答を頂けると幸いです。なお、メッセージは二日後に自動で削除されます≫


「……」


 運営から……?ていうか、普通は視界の隅に表示されるはずなのに、絶対確認してほしいメッセージなのかな?


 と、私がそのメッセージで気が逸れてしまったことに気づいたのか、おじさんが私の頭を軽く小突いてくる。


「集中しろ。まだまだ、融合状態は解除されていない」

「はいっ!」


 そうだった。今は、鍛冶の最中なんだった。

 少し意識が逸れたことで回復した体力を使って、素材を金槌で打ち込んでいく。


「ふっ!……やーっ!」

「……その掛け声は、無駄に体力を使っているんじゃないのか」

「うぅ……そうかもしれません……」


 でも、なんか出てしまうのだ。

 ほら、テニス選手とかもボールを撃ち返す時に叫んだりするし、そういうアレだよね、多分。


「はっ……たっ!……ふー」

「……」


 私を見ながら、なんだか居たたまれなさそうにするおじさん。

 もしかして、自分の仕事場で女の子が変な声を上げているのが気になるのだろうか。

 職人気質の人ってそういうところで気難しかったりするしね。私が所属してた研究チームにも……って、そんな話はどうでもいいや。


「よっ……ほ?」


 体力を振り絞りながら素材を打ち込み続けていると、今までとは打ち込んだ時の感覚が妙に違う一打が出たと思ったら、素材が青い光で包まれると同時に軽快な機械音が響き渡った。


「……ようやく、終わったみたいだな」

「これが、融合状態が……解除され、たって、ことですか?」

「ああ。……だが、既に体力が限界のようだな」

「いえ、そんなこと、は……」


 経験上、このゲームでは意外とすぐに体力が回復する。

 もちろん、それは何もせずに休んでいれば、という条件付きだが。


「お前の体力を、考慮するべきだったな」

「いえ……」


 私の体力のなさなど、初対面のおじさんが知るわけがないだろう。

 鍛冶なんてどう考えても力仕事なんだし、むしろ私の方が行っておくべきだったのかもしれない。


「でも、変形度を、100%にしないと……完成、しないん、ですよね?」

「ああ。それに、密度ボーナスも上げなければならん」

「……」

「だが、ひとまずは冷え始める前に温度を上げた方が良い」


 そう言って、おじさんは私が打ち込んだ素材を炉に入れる。


「ちなみに、耐久値は、あとどのくらい……なんでしょうか?」

「俺の見立てでは、密度をある程度上げて形を完成させると、もうほとんど残らないくらいだ」

「じゃあ、体力の回復を、待つのは……」

「密度ボーナスを、ある程度諦めればいいだろう。今回は、完成をさせることが目的だ」

「わかり、ました」


 おじさんが、炉の温度を調整して素材が熱くなりすぎないようにしてくれる。

 その間に私は、全力で体力の回復に努めるのだった。


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