第72話 しょくぎょうびょうです。ゆるして


「さて、残る五つだが……これらは鍛冶の最中に扱うステータスとなる」


 そう言うと、おじさんは右手の五本の指を折り曲げながら説明を始めた。


「それは、固点・軟点・融点・沸点・耐久値……の、五つだ」

「多いですね」


 調合の時は、軟点と沸点だけだったはずだ。

 それが五つ。耐久値は何か別のステータスのようだが、他の四つは温度に関するステータスだろう。結局は、また温度管理のゲームということになりそうだ。


「先に、耐久値のことを説明しておこう。これは、こいつを粗悪品だと言ったことの一番の要因だ」


 おじさんが『サンダードラゴンの鱗』を指しながら言う。


「こいつは、耐久値が低い。……いや、正確には、耐久値が低い……と、予測できる、だな」

「具体的な数値はわからないんですか?」

「ああ。この辺は、感覚の話になる。素材アイテムを持った時の感触や、見た目の状態で判断するしかない。そこを見極める目が、鍛冶師が一番磨くべき技だ」

「実際に鍛冶をすることよりも、ですか?」

「そうだ」


 おじさんは、何一つ迷うことなく頷く。


「先ほども言ったが、どれだけメインに他の素材を混ぜられるかが出来上がるモンの質を上げる鍵だ。耐久値は、時間経過や他の素材を混ぜることで減っていく。結局は、鍛冶というのは、メインの耐久値を見極め、限界まで素材を混ぜ続けるチキンレースだ」

「……ちなみに、耐久力が無くなるとどうなるんですか?」


 もちろん察してはいるが、念のために聞いておく。

 おじさんの口からは、全く予想通りの答えが返ってきた。


「メインも、混ぜたモンも、まとめてお陀仏だ」

「……シビアですね」


 普通なら、耐久値は公開するべき情報だろう。失敗すると全ロストというペナルティに対して、耐久値がわからないというのはあまりにも怖すぎる。


 しかし、装備品というのは限界まで性能を突き詰めたいものだろう。

 となると、強い装備品を作れるレア素材アイテムを何度も手に入れて、繰り返し鍛冶をして限界見極め、そこを攻めていくしかないのだろうか。

 いや、そうしたとしても、耐久値や素材評価は同じ素材アイテムでも個々で違ってくるというのだ。結局、そこのブレは運となってくる。


 まさに、チキンレースといったところである。


「耐久値が低いと、どれだけそれ自体の性能が高くとも、鍛冶としては粗悪品だ。だから、これは遠慮なく使うと良い」

「……わかりました」


 それ自体の性能は高くとも、ということは、逆に『サンダードラゴンの鱗』はレアな素材だということを暗示しているセリフでもあるだろう。


 そして出来上がる装備品がメインの素材の性質を強く持つということは、この『サンダードラゴンの鱗』は加えられる素材特性の数が限られているだけで、単純な性能で言えば高い装備ができるということである。

 尤も、おじさんにとってはそれでもその程度の素材だという認識なのだろう。だが、私にとっては十分すごい素材に変わりはない。おじさんにとっては鍛冶のお試しのつもりでも、ちょっと何を作るべきか考え込んでしまう案件だ。


「最後になったが、鍛冶を実際に行うにあたって重要になってくる固点・軟点・融点・沸点の四つについての話だ」

「軟点と沸点は調合でも出てきました。調合だと、素材アイテムが変質する温度の話でしたが……」

「そうか。そこは、鍛冶でも変わらんな」


 そう言いながら、おじさんが鍛冶台の炉の下に記されているメーターを指し示した。

 そのメーターは0から100まで20ごとに大きく数字が書かれており、その間に十九個ずつ小さな線が等間隔で引かれている。それぞれ真ん中となる線は少し長めに引かれており、これが10や30の目安になる線のようだ。


「鍛冶では、温度が0から100で表される。例えば、今なら60から右に3メモリ分で63だ。つまり、今の炉の中の温度は63ということになる」

「何か単位はついてるんですか?」

「ガッソだ。この鍛冶台を生み出した人の名だと言われている」

「言われている……?」

「詳しいところはわからん。歴史など、そんなものだろう」

「……」


 話が逸れてしまうが、人工知能に関する話をさせてほしい。


 人工知能の言い回しには、隅々に色々な情報が隠されている。雰囲気で喋る内容や言い方が変わる人間とは違って、彼らは明確な指針を持って言葉を話しているからだ。


 仮に彼らNPCの中に「この世界ではこういう歴史があります」という設定が与えられていたとしたら、今のおじさんのようなふんわりとした言い方をすることは絶対にない。

 そしてそれを踏まえて考えると、おじさんが歴史を不明瞭なものとして扱うということには、二通りの考え方ができる。


 一つ目は、この世界においては歴史が不明瞭なものであるという認識を与えられているというもの。これは、この世界の外───つまりはゲームを運営している人間から彼らNPCに等しくこの世界の歴史はこうですと情報が与えられており、それが不明瞭なものとして与えられているというパターンだ。

 二つ目は、この世界においては歴史がそれぞれのNPCに等しく与えられている情報ではなく、彼らが参照できるデータベースの外に用意された情報であり、その情報を取得するにあたってその情報の信ぴょう性が低いとおじさん自身が判断したというもの。これは、おじさんにとってはその情報が確かなものではないというだけで、明確な情報を持っている他のNPCがいる可能性もあるということになる。


 しかし、ここで引っかかるのが「と言われている」という言い回しだ。

 人工知能の学習パターンやその結果など無数にあるわけだが、それでもある程度の法則性や傾向は存在する。

 その中でも、「と言われている」なんて言い方は、おじさん自身がその情報の信ぴょう性が低いと判断した場合に用いられがちな表現ではなく、「と言われている」という状態で情報を与えられた時にそのまま用いられがちな表現だ。少なくとも、私の経験上は。


 なので、断定できるわけではないが、この情報は「ガッソという人が鍛冶台を生み出したと言われている人物で、温度の単位としてその人物の名が用いられている」という状態で用意された情報である可能性が高い。

 その上でのおじさんの「歴史など、そんなものだろう」という発言を考えると、この世界においての歴史は不明瞭な状態で与えられている情報が多いという風に推測できてしまう。


 そしてそれは、ラッキープリンセスの生涯を探るというタスクを抱えている私にとっては、十分に不安材料足るものだった。



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