第12話 婚約
「今のは、ディープキスといって、恋人たちが交わすキスなのよ。」
「はあ……」
「そして、王女はディープキスをした相手と結婚しなくてはいけないの。」
「ええっ!」
「責任をとっていただけますわよね。」
「……そういう事でしたら……」
そうして、俺達は国王に報告し、それは王家からの通達という形で国民に知られる事となった。
ただ、名誉宮廷魔道具師ヨクサと出ているだけなので、顔は知られていない。
「そういえば、ヨクサはどこに住んでいますの?」
「宿屋に泊っていますけど。」
「それならちょうどいいわ、私の隣の部屋があるから、そこに住みなさい。」
なぜか城住まいにされてしまった。
宿の食事は気に入っていたのに……
だが、城の食事も中々のものだった。
この先を期待するなら、厨房を改造する必要がある。
俺は食堂の料理長と相談しながら、厨房の魔道具導入を始める。
最初は通常よりも大きい改造型魔導調理器を3台作ってカマドを撤去する。
魔導調理器を設置した下のカマドのあったスペースに、鍋や釜を置く棚を作る。
そして、元々鍋・釜を置いていた棚を撤去して、そこに大きめの冷温庫と冷凍庫を設置した。
最後に大きい鉄板を固定し、その下に鉄板の大きさをカバーする魔導調理器を設置。
これで、大量の炒め物に対応できるそうだ。
「うん、これならもっと旨い料理を提供できそうだ。」
「期待してるよ。それで、オークとオーレックスの肉を1匹分冷温庫に入れてある。」
「ありがたいね。オークはカツレツにして、オーレックスは2日煮込んでシチューにするよ。」
次は宮廷魔道具師の工房を訪れ、街灯を試作する。
「4mの鉄のポールを作って、真ん中に魔石入れを兼ねたスイッチボックスを作って、上に魔導照明を据え付けて配線します。」
「うん、魔石からの魔力を水晶で増幅してるんだね。」
「はい。それで魔導照明をガラスの玉で覆って、ガラス玉の上部を鏡状にすることで空に逃げていく光も地上側に反射させ、最後に錆止めを塗って完成です。」
「ポールを1m埋めれば、スイッチボックスは地上1mの位置にくる訳か、なるほどね。」
「本当は、暗くなったら自動的に光るようにしたいんですけどね。」
「……時計と連動させて、時間で光るようにしたらどうかな?」
「時計なんてつけたら、倍のコストがかかだろう。それなら、一日中光らせた方が安いんじゃないか?」
「それ、24時間稼働させた時の、魔石の持続月数を調べた資料があったよな。」
「分かった。器具の工夫と制作は俺たちに任せてくれ。君は君にしかできない、魔法の書き込みに専念してくれ。」
「おい、誰かこの試作機を城の前の道に設置してこい。邪魔にならない場所に立てるんだぞ。」
すぐに各パーツの仕様が検討され、100個単位で発注されていく。
産業局や土木局とかも動員され、国をあげた事業に発展していく。
俺は毎日、1000個単位で魔石への魔法書き込みに明け暮れている。
魔導照明が中心だが、冷温庫と魔導調理器も必要なのだ。
「すごいわね。ヨクサが来て1か月で、町がこんなに明るくなったわ。」
「おかげで、俺は毎日魔石への書き込みに明け暮れてますよ。」
「街灯なんて、もう2000基設置されたらしいわよ。魔導照明もそれくらい売れてるって聞いてるし。」
「魔石もそれなりに在庫ができたみたいだし、オークなんかの肉がなくなってきたから一度サバクへ帰ろうかと思ってるんですけど。」
「まさか、婚約者をおいて、一人で行くとか言わないわよねぇ。」
「でも、馬車なんか使ったら、往復で1か月以上かかるんですよ。」
「それを何とかするのがヨクサでしょ。」
確かに、城の魔法使いや治癒師からスキルをいただいたおかげで、普段使いできるスキルも増えてきた。
食堂のスタッフからもらった”クリーン”なんかは、鍋をキレイにするだけでなく、部屋の掃除にも使えるし、自分の身体に使えば風呂要らずなのだ。
治癒師からもらった”蘇生”なんか秀逸だし、最近王宮魔法使いからもらった、風魔法の”ジェット噴射”なんかは、移動にも使えるんじゃないかと期待している。
というか、試作機は完成している。
三角形にチタンを加工し、ジェット噴射で時速300knに加速すると跳べるのだ。
まだ、湖でしか試していないが、空を飛ぶ事は可能なのだ。
これには、宮廷魔導士の変人チームにも協力してもらい、開発を続けている。
最新の試作機は、ジェット噴射の魔道具を下向きに6基設置し、前進に8基使う事で、一度浮かび上がってから飛行する方式に進化している。
これで時速40kmくらいの低速飛行も可能になったし、最高速度は時速500kmくらいに達しているはずだ。
進行方向の変更もスムーズにできるようになったし、着陸がうまくできるようになれば使えるだろう。
「ヨクサ、これ馬車みたいにゴム製の車輪をつけて、地上走行できるようにしたらどうかな。」
「うぬ、ゴムの中に空気を入れて弾力性を高くするのも効果的だと思わんか?」
「だったら、ハンドル式にして、車輪の向きを変えるのも有効だと思うよ。」
こうして、少しずつだが改良が進み、ほぼ、実用化寸前まできている。
俺が城へきて2か月。
6回目の試験飛行を行った。
「上昇レベル2!」
「うん。いい感じで上昇中。地上約10m。」
上昇レベル1は、ゆるやかに着陸する時の出力なので、着陸時は使わない。
そして、足元は硬質のガラス板を使っているので、地上がよく見える。
最新型は、小型の馬車みたいな形で、地上走行を配慮して翼は床下に収納できるようになっている。
「地上30m、水平飛行に移る。」
「前方に障害物なし!GO!」
試行を繰り返すうちに、飛行中に車輪の向きを変えると、空気の抵抗で進行方向が変えられると分かってきた。
「ジェット噴射、出力最大!」
「くっ、やっぱり車体が軋みますね……」
「ちょっと待てよ、これ物理障壁と風障壁を持たせれば……」
「か、風切り音も軋みも消えました!」
着陸もスムーズにでき、試験飛行は成功といえる。
物理障壁と風障壁を機能追加して、フライングボックス1号は完成した。
スタッフは、二人乗りの1号をベースに、6人乗りの2号を作り始めている。
「ルシアさん、これプレゼントです。」
「えっ……青いレイピア……私に?」
「初めて謁見した時には作ってあったんですけど、渡すきっかけがなかったもんですから。」
「この軽さはチタン製ね。持ち手に水晶を使ってるという事は……」
「そう、魔剣です。」
魔剣と聞いて、ルシアさんの瞳が輝いている。
「水晶で増幅してるので、魔力は少しでいいです。」
「こ、こうかな……」
「それで、その辺の草を斬ってください。」
ヒュンという風切り音に続いて、草がピキピキと音をたてて凍っていく。
「”氷結のレイピア”です。」
「うふふっ、浮気したら、凍らせろって事ね。」
ルシアさんのニヤニヤが止まらなかった。
そして俺は、何度かのフライングボックス動作試験を経て、ルシアさんと一緒に辺境の町サバクに帰ってみる事にした。
サバクまで約1300km。時速500kmで飛べば、3時間かからない。
ルシアさんの服装は、冒険者として活動する時の服で、白のブラウスに深緑のパンツ。それに皮のベストだ。
髪は、後ろで束ねている。
ザガの町までは高速で飛び、その先は狩りをするため低空低速で飛んでいく。
狩りとは言っても、フライングボックスに乗ったまま指先を伸ばして切断し、そのままリュックに収納するという単純作業だ。
対象は基本的に肉系のオーロックスとオークだ。
そして、日が沈む前に、俺たちはサバクの町に着いた。
【あとがき】
里帰り
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