第10話 ローズドラゴン

 俺は副ギルド長のルイーダさんに連れられて、服飾ギルドに来ていた。

 謁見用の服を仕立てるというのだ。


「でも、俺成長期なんで、すぐに小さくなっちゃいますよ……」


「大丈夫ですよ。簡単な手直しでサイズを変えられるようにしておきますから。」


 一般的な貴族の服装ではなく、魔道具師としての作業着をイメージして作らせるとの事だった。


 そして、案の定、改造型魔導調理器を見せると、こっちもすぐに量産が始まった。

 

 なぜ、これまでこうした魔道具が開発されなかったかというと、発火というスキル自体がレアで、魔素材もサラマンダーしか発見されていないからだ。

 それに加え、魔法使いは魔道具師にはならない。

 加工系のスキルを持つ魔道具師は、発火なんていうスキルとは縁遠い事が原因なのだ。


「じゃあ、こんな魔道具はどうかな。」


 ギルドの工房で、俺は鉄の塊をリュックから取り出して、それを幅90cm、鷹さ150cmの箱に成形していく。

 

「えっと、暖かい空気は上に昇っていくんだから、冷気は下に降りてくるのか……」


「えっ?」


 箱は手前が解放状態なので、奥の天井に氷魔法と風魔法を組み合わせた”冷風”魔石をセットして配線し魔石をセットする。

 常時発動なのでスイッチは不要だ。


 箱の開閉部にはゴムのパッキンを施して、隙間ができないようにして、手前側に開閉ドアを設置すれば完成だ。


「それって……」


「宿の厨房にも、氷を作る魔道具があって、そこの肉を入れて保存してるんですけど、だったら冷風で冷やした方が効果的だと思うんですよね。」


「なるほど、冷温庫ね。」


「これ、町で買ったオレンジの果汁なんですけど。」


「ええ、私も時々買っているわ。」


「これを入れて冷やしておくと、いつでも冷たいのが飲めますよね。」


「そ、そうね。」


「冒険者ギルドのアカリさんに教わったんだけど、これを三分の一に薄めて砂糖を小さじ1杯。」


「待って!誰か、商業ギルドのギルド長を大至急呼んでちょうだい!」


「俺は、ここにレモン果汁を少しだけ加えてみました。」


「お、美味しそうね……」


「これは、サバクの俺の母が好きだったんですけど。」


「お、お母さんね。」


「淹れた紅茶に砂糖を小さじ一杯溶かして氷で冷やして飲んでました。」


「こ、紅茶を冷やすの!」


「最近になって思い出したので、ガラス瓶にいれて冷やしてあります。」


 俺はウェストポーチから、ガラス瓶に入れた紅茶を取り出し、これも冷温庫に入れた。

 冷温庫の中は、冷気が白く見える程に冷えている。

 俺がどんどん10cm×20cmのガラス瓶を入れたので、もう20本くらい並んでいるのだ。

 中は3段の網でしきってあるため、1段の高さは30cmちょっとになっている。

 

「匂いがつきそうなので、肉は一番下に入れて、中段に飲み物、そして、一番上にはフルーツやトマトがいいと思います。」


 言葉にしながら、俺は冷温庫の中を満たしていく。


「ああ、見えにくくなっちゃいましたね。」


 俺は冷温庫の天井に魔導照明を追加して、中を照らした。


「き、きれいよね……」


「鉄製なので、本体が冷たくなってしまうので、耐熱効果のあるコルクで覆って白で塗装すれば……」


「これなら、陛下の私室にあっても、違和感ないわね。」


 その後でやってきた商業ギルド長とルイーダさんが打ち合わせをしていたが、俺はふと思いついてトマトのヘタを取り0.1mmにチタン糸で皮を削り取った。


「何をしてるの?」


「冷やしたトマトの中身を、こうやって風魔法で切り刻んでドロドロにしてやれば……」


「えっ?」


「うん、トマト好きにはいけますね。」


「独り占めしてないでよこしなさい!……あっ……」


「ルイーダ!私にも飲ませなさい!……あっ……」


「エミリア、商業ギルドで商品化しなさい!」


「でも、果汁と違って作り置きはできないわね。しょうがないから、直販所を作るしかないかな。」



 数日後、俺は魔道具ギルド長とルイーダさんに連れられて国王の前にいた。

 謁見式という、公式の形で行われたため、俺たちは片膝をついた姿勢で待機する。


 右側には政府の要職者が並び、左側は高位貴族だ。


 やがて、国王・王妃・王子・王女の順で入場してきて、国王の言葉をいただいて初めて顔をあげる事ができた。

 ギルド長が口上を述べて合図すると、ギルドの職員が献上品を運んできた。


 最初の箱には魔法の杖が収納されており、箱を開けて国王に見せながら杖の説明が始まる。

 高純度の水晶で作られたそれが、アーティファクト級の魔法具”ローズドラゴン”だと説明すると、参列者がざわめき立った。


 2番目に紹介されたのは魔道照明で、これは実際に点灯させる事で参列者を騒然とさせた。

 3番目に冷温庫で、最後に魔導調理器が紹介されたのだが、これらは参列者に対してはインパクトが弱い。

 というか、まったく興味を示さなかったが、唯一冷温庫を開けて、中の飲み物を見せた時だけは興味を持ったようだ。


 謁見が終わり、王家が退席した後で、俺たちは応接間に通された。

 王族との歓談に入るのだ。


「ヨクサとやら、苦労であった……とか言わねえぞ。」


「えっ?」


「おほほっ、陛下はこういうお方なの。ごめんなさいね。」


「うるせえ。ギルド長、魔導照明はいくらで売るんだ。」


「金貨1枚を考えております。」


「まあ妥当だな。城用に50個。いつ納品できる?」


「準備はできております。」


 俺はウェストポーチから、魔道照明が20個詰められた木箱を5個取り出した。

 箱の中から一つ取り出して、壁にひっかける出っ張りを出現させて魔道照明を設置し、点灯してみせた。


「100個用意してまいりました。」


「100個あれば、俺たちの私室にも設置していいんだよな。」


「ご随意に。」


「財務局長、帰りに金貨100枚渡してやれ。」


「承知いたしました。」


「それにしても、このオレンジの果汁は美味しいですわね。」


「水で3割に薄めて、味を調整してございます。商業ギルドで生産の調整をしておりますので、少しの間お待ちください。」


「その冷温庫があれば、いつでも冷たいのを飲めるんですね。」


「待て、冷温庫は俺の私室だろ。」


「あら?わたくしの部屋にあった方が、ルシア達も気楽に飲みに来れましてよ。」


「い、いや、しかし……」


「私は、この杖が気に入りましてよ。」


 そういうと王女は杖を手に取って上にかざした。


「いけません!」


 俺は立ち上がって、王女から杖を奪い取った。


「貴様!不敬だぞ!」


「も、申し訳ございません。」


 不敬だと非難する王子に、俺は素直に詫びた。


「ですが、これはそういう杖なんです。」


「バカをいうな!ルシアのヘナチョコファイヤーボールなんぞ、片手で叩き落とせる魔法なのだ。」


「くっ、いつか思い知らせてさしあげますわ。」


「いい機会です。皆さんもどれほどのものかご覧になりたいでしょうから、試してみましょうか。」


「ヨクサ……大丈夫なのか?」


「いや、わしも見ておきたい。本当にアーティファクト級なのかな。」


 そのまま全員でバルコニーに出て、王女以外には離れてもらった。

 俺は一言断って王女の肩に手を置いた。


「耐火の防壁を張りましたけど、驚いてちびらないでくださいね。」


「あなた、不敬罪で死刑よ。」


 王女は16才だと聞いた。

 金髪の縦ロールで身長は俺と変わらない。


 そして王女に杖を渡した。


「赤いバラがきれいね。」


「王女様の美しさには負けますよ。」


 顔を真っ赤にしてうつむく王女。


「さあ、空に向かってどうぞ。」


「ファイヤーボール!」


 増幅された魔力が杖を青白く発光させ、ドーン!という爆音。発火に伴う閃光と、急激な温度上昇に伴う爆風。

 1分程で風がおさまっても、全員が無言だった。



【あとがき】

 ルシア王女のファイヤーボール

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